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18.噂

「はっ、ふうっ……」


 エリシアは息を切らしたまま、また弓を構えようとする。

 けれど、もう集中力が切れてしまっていた。

 移動をしながら、なおかつ見つかりにくい相手を追う。

 それも慣れない魔法を使って――思った以上に体力が減っていた。

 それでも、まだ続けようとする意思は残っていた。


「ここまでじゃな」

「モーゼフ、様」


 ナリアを連れたモーゼフが弓に手をかける。

 結局、当てることはできても一匹も倒すことはできなかった。

 エリシアは悔しそうに俯く。


「いやいや、そんなに落ち込む話ではない。むしろ十分できていたというべきじゃ。わしの想像以上じゃよ」


 モーゼフはそう言うと、エリシアの頭を撫でる。

 ナリアとは違い、喜んではいるようだが少し恥ずかしそうにするのがまた姉妹で反応の違うところだ。


「あ、ありがとうございます」

「おねえちゃん、いい子いい子っ」

「こ、こらっ」


 ナリアがモーゼフを真似してエリシアの頭を撫でようとする。

 いつでも仲の良い姉妹であった。


「ほっほっ、では戻るとしよう」

「ですが、依頼の方は……」

「ああ、それならもう達成しておいたぞ」

「え? いつの間に……」


 エリシアが対象を追う間、モーゼフはその様子を見ながら一体一体を魔法で仕留めていた。

 フォレスト・ファングからすれば何が起こったのかも理解していなかっただろう。

 倒したフォレスト・ファングからすでに牙や毛皮などは手に入れていた。

 これが証明となり、また売り物にもなる。

 モーゼフはナリアを左腕で抱えると、エリシアを右腕の方で抱えた。


「モ、モーゼフ様っ! わ、私は平気ですからっ」

「ほっほっ、心配せんでも誰か来たら下ろすからの。疲れたじゃろ?」


 エリシアは慌てていたが、やがてモーゼフが歩き出すと自然とその状態を受け入れた。


「モーゼフ様、その……私はうまくやれているでしょうか?」

「んん、魔法のことか?」

「はい。正直、あれで本当よかったのか分からなくて……」


 戸惑う様子のエリシアに、モーゼフは優しく話しかける。


「ほっほっ、最初はそういうものじゃ。そして、それでいい。誰も最初から上手くできるわけでもないんじゃよ? わしだって最初は魔法が使えなかったんじゃ。まあ、その頃は町中の女子が振り向くイケメンだったというメリットはあったがの」


 それを聞いて、エリシアはくすりと笑う。

 モーゼフにそう言われるだけで、エリシアはなんだかできるような気がしていた。

 実際、普通の人に比べれば遅く魔法を始めたにも拘らず成長速度は早いと言える。

 エルフであるということを加味しても、だ。


「何にせよ、焦らぬことじゃ。分かったかの?」

「はいっ」


 エリシアは頷く。

 始めからモーゼフの言いたいことは変わっていなかった。

 焦らずにゆっくりと学べばいい。

 そして、無理をせずに頼ればいい、と。

 エリシアはやがて疲れと安心感からか、森の入口付近につく頃には小さく寝息を立てていた。

 ナリアの方も、遊び疲れたのか寝てしまっている。


「ほっほっ、寝る子は育つとはよく言ったものじゃ」


 モーゼフはそのまま、まっすぐと宿屋を目指す。

 エリシア自身で依頼を達成するには至らなかったが、魔法の訓練としては成功したのだった。


   ***


 この大陸には村や町はいくつも存在している。

 それが近くであれば、互いに連携を取り合いながら生活をしていくのが常だ。

 村から町へ、町から都へ――噂というものは流れていく。

 ある小さな町の近くでキメラが現れたことや、それが討伐隊によって倒されたということも自然と流れていく。

 こうして少しずつ、噂のようなものは流れていて情報となるのだ。

 そんな小さな、小さな情報一つには、その町に銀色の髪を持つエルフの姉妹がやってきたというものもあった。

 魔族の類ではなく、エルフでありながら銀髪――それは非常に珍しい話であり、本人達の知らないところで情報として広まっていく。


「エルフかぁ……俺も見てみたいなぁ」

「それでわざわざ辺境の方まで行くのか? アホみたいなこと言うなよ」


 小さな酒場で二人の男がそんな話をしていた。

 ここはアーデルという町。

 あまり町に人は住んでいない、旅人の中継地点とも言われるような場所だ。

 冒険者だけでなく、商人などが利用するため様々な人が行きかう。

 ここの酒場も、場所だけ借りているだけで、店主はしばらくすれば別の場所へと移動していく。


「けど、銀髪っていうとダークエルフの印象があるけどな」

「どっちも見たことねえだろ。それにダークエルフは魔族に数えられてんだぜ。魔族なんてこの辺りじゃ見ないだろ」

「ま、そうだな」

「……エルフ、か」


 二人の男の会話に、また一人の青年が反応した。

 ちらりと男達が確認すると、色白の肌にはだけたシャツという、旅人というにはいささか粗末な格好だった。

 ただ、青年の雰囲気からしてどこぞの貴族の息子か何かだろう、と男達は解釈する。


「なんだ、あんたも興味あるのか?」

「ああ、そういった類の話にはとても興味がある」

「だったら行ってみたらいいんじゃねえか? えっと、どこの村だって言ってたかな……」

「バカ、村じゃねえ、町だ。小さい町らしいが……確か《フラフ》とかいったな」

「フラフ、か。情報ありがとう」


 青年はにっこりと笑って答える。


「それにしても兄ちゃん、旅人には見えねえ格好だが……こんなところに何をしにきたんだ?」


 男の一人が気になっていたことを口にする。

 冒険者でもなければ商人でもない――それに付き人がいるわけでもない。

 ここに滞在する理由があるとすれば、食事くらいなものだろうか。


「ああ、食事をしにきたんだよ」

「やっぱそうか。ここの飯は旨いぜ」


 男の一人がそう言って、自分達の頼んだ料理を一口どうだ、というように差し出す。

 だが、青年は手を振ってそれを断る。


「いや、私の食事はそういうのではなくてね」

「……?」


 青年は静かに、酒場を見渡す。

 一瞬、その目が赤く光ったように見えたのを、男は見逃さなかった。


「あんた……まさか――」


 ガシャン、という大きな音がその言葉を遮る。

 皿の割れた音が酒場に響き渡った。

 一斉にそちらへと視線が映る。

 なぜ、そこで割れたのか、という疑問があった。

 そこには誰もいないはずだったのに、料理とともに割れた皿が床へと散らばる。


「な、なんだ、急に……?」


 男達がもう一度青年の方を見ると、すでに青年の姿はそこにはなかった。

 もしかして、という胸騒ぎはあったが、特に何かが起こったというわけでもない。

 また飲みなおそう――二人はそうして店員の一人を呼ぼうとした。

 だが、店主が少し慌てた様子でこちらへとやってくる。

 先ほどまでもう一人、女性の店員がいたはずだったのだが、店主が困った顔をして、


「この忙しいときに、気づいたらいなくなっちまっててよ。そういう子じゃねえはずなんだが……」


 そんな風に言ったのだった。

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