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17.狩人

 モーゼフはナリアを連れて木の上で待機していると言い、エリシアは一人で森の中を探索していた。

 元々冒険者となる前から一人で狩りをしていた経験はある。

 魔物と戦う経験自体はあったが、矢を使わないとなると勝手が違った。

 エリシアが持つのは短刀――というにも少し短いくらいのナイフが一本だけだ。

 弓と矢は持っていてもいいとのことだったが、モーゼフの掲示した条件によりそれを使うことはない。

 標的を遠くから狙うのと、近づいて狙うのではまるで勝手が違った。

 対象の《フォレスト・ファング》は森を中心に生息する狼型の魔物だ。

 彼らの特徴は群れで動くことともう一つ、非常に警戒心の強い性格をしているということだ。

 単独での戦闘力は高くはないが、それを群れで行動することでカバーする。

 何より見つからないように行動するというのが彼らの基本的な動きだった。

 緑色でがさついた毛並みの狼だが、それが擬態に適した彼らの特徴だった。


(どこにいるか分からない……)


 エリシアは息をのむ。

 そもそも、フォレスト・ファングがエリシアを狙うとは限らない。

 慎重で警戒心の強い魔物である彼らは、むしろ狩ろうとしているエリシアに近づくとは考えにくい。

 エリシアがまず気付くべき点はそこにあった。

 エリシアが狙われているのではなく、狙っている側なのだ。

 けれど、森の中で一人、慣れない武器を扱うエリシアは緊張からかそれに気付けていない。

 他にも森には魔物がいる。

 ただただ警戒して動きが鈍くなってしまっていた。


(自分から動かないとっ)


 エリシアはそう決意して、警戒をしながらも歩みを進める。

 得物が変わろうともやることは変わらない。

 対象を探して、見つけて、倒す。

 それが狩りであり、冒険者になってもやることは変わらないはずだ。

 そもそも、どうしてモーゼフは矢を使ってはいけないという条件をつけたのだろう――エリシアは引っかかっていた。

 冒険者として弓だけでは生きていけないということを教えるためだろうか。

 それとも、無理やりにでも失敗させて何かを学ばせようとしているのだろうか。


(モーゼフ様はそんなことを考えるような方ではないし……)


 意味のないことをさせる人ではない。

 この依頼もエリシアが受けたいと言うだろうと思って受けたと言っていた。

 それならば、エリシアにとって意味のあることがあるはずだ。

 考えられることはある――それは《魔法》だ。

 学び始めたばかりで、ようやく火を起こせるかどうかというくらいの力しかエリシアにはない。

 けれど、この状況で矢を扱うことを禁止されているとすれば――


(あれ、そういえばどうして《矢》だけなんだろう)


 エリシアはふと疑問を感じた。

 モーゼフが言っていたのは矢を使うなということだけだった。

 弓を指定するわけでもなく、ましてやそれを持つことを禁じるわけでもない。

 ――お前さんの持つその矢を使わなければ別にどんな方法でもいいぞ。

 モーゼフの言っていた言葉をエリシアは思い出す。

 そのとき、ちょうど視界に動きだす何かが見えた。


(あれは……っ)


 草木にまぎれて分かりにくいが、エリシアはその存在をとらえる。

 フォレスト・ファング――対象が少し離れた場所にいた。

 しかし、比較的身体能力の高いエリシアでも、気づかれずに近づいて仕留めることは無理だった。

 そうなると、自ずと選択肢は限られてくる。

 エリシアは軽く深呼吸をすると、手に持っていたナイフをしまい、矢は持たずに弓だけを構える。


(魔法はイメージ――モーゼフ様も言っていた……)


 それならば、作り出せばいい。

 矢の代わりとなるものを、魔力でイメージしてやればいい。

 ちらりと腰に提げた矢筒を見た後、エリシアは集中する。

 掌に熱い感覚がめぐってくる。

 そこに、まるで矢があるかのように指を折り曲げ、エリシアは構えた。

 それが合っているのか、間違っているのかも分からない。

 けれど、集中力はそのままに、対象を狙ったまま弦を引いた。

 ヒュンッ――という風を切る音と共に、フォレスト・ファングは小さく悲鳴をあげてその場から逃げだした。


「い、今のは……?」

「ほっほっ、なかなか良い魔法じゃった」

「モーゼフ様――わっ!?」


 唐突に背後から聞こえてきたモーゼフの声に振り返ると、その場にあったのはモーゼフの頭蓋骨だけだった。

 思わずエリシアは驚きの声をあげる。

 どうやら身体の方はナリアの面倒を見ているらしい。

 リッチになったモーゼフはだんだんと器用になっていた。


「今のが魔法ですか?」

「そうじゃよ。自らの慣れた武器を具現化する。魔法の基本の一つじゃ。わしとしては、《付与魔法》を学ばせようとも考えていたが、なかなか筋がよかったからのぅ。結果として、自らそこに辿り着いたのはすごいことじゃよ」

「あ、ありがとうございますっ」


 モーゼフに褒められて、エリシアは恥ずかしそうに頬を染める。

 弓の腕だけでなく、魔法のことについてモーゼフから褒められた。

 それだけでエリシアは嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 モーゼフはかたかたと顎を鳴らしながら笑い、


「ほっほっ、それでもまだ相手を捕らえるほどではなかったのぅ。さて、今の感覚を忘れないうちにまた挑戦してみなさい」

「はいっ」


 モーゼフの言葉に力強い言葉で答え、エリシアは再び森の中を進む。


(優秀な魔導師というよりも、やはり狩人の気質じゃな。ほっほっ、若いというのはいいのぅ)


 モーゼフはまたかたかたと笑う。

 そのまま、少し距離を保った状態でエリシアを見守っていたが、身体の方で少し違和感を覚えた。


(むっ、ナリアが暇そうにしておるようじゃの)


 意識は頭部の方にある。

 身体はあくまで遠隔で操作できるだけだった。

 エリシアから離れないように、身体の方だけで森の中を飛ぶ。

 ナリアの喜ぶ声が少しだけ聞こえたのだった。

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