16.初依頼
エリシアとナリアは朝食を済ませて、モーゼフと共にまた町の外で魔法の訓練をしていた。
モーゼフに食事の必要はない。
宿では頼めば食事を提供してくれるが、モーゼフだけはいつも頼んでいなかった。
宿の女将からは「あんたは食べないのかい?」といつも聞かれる。
その都度言い訳は変わる。
今日のモーゼフは「わしは死んだ女房が作った飯しか食わないのでな」と笑いながら言った。
死んだ女房が作った飯ならもう食べることはできないため死ぬしかないが、モーゼフはそもそも結婚していないし、今はモーゼフ自身死んでいる。
とても低燃費にモーゼフは生活を送っていた。
「そのまま集中するんじゃよ」
「はいっ」
エリシアの集中力は相変わらずだった。
ナリアはというと、今日も無害な魔物とじゃれ合っている。
やる気を出したときだけ教えている。
もちろん、ナリアも大きくなって冒険者になるというのなら当然教えるべきことはあるが。
しばらくは魔力の流れを掴む練習を続ける。
森の方へと何人かの冒険者が向かっていくのが見えた。
その様子を見ていたのはモーゼフだけでなく、エリシアもちらりと眺めている。
「モーゼフ様、あの……」
「冒険者として活動をしないのか、じゃろ?」
モーゼフの言葉に、エリシアは少し驚いたような表情をした。
けれど、その後無言で頷く。
エリシアは冒険者として稼ぐためにここまでやってきた。
だが、ここ数日は魔法の訓練ばかりで冒険者としての活動はしていない。
稼ぎというのはモーゼフが朝方に受ける薬草の依頼等、町では必要なことなのだろうが、冒険者本人にとってはそこまで生活の足しになるような依頼ではない。
片手間に受ける程度のものばかりだった。
「焦る気持ちは分かるがの。何をするにも準備というのは大事じゃよ」
「準備、ですか?」
「そうじゃよ。エリシアは魔法を教わる機会がある。それを生かしてから動くとしても十分間に合うことじゃ」
「はい……」
それでも、エリシアは少し悩んでいるような表情だった。
モーゼフに魔法を教えてもらうということ自体、それは幸運なことだ。
その幸運を使うことは、間違っていない。
けれど、エリシアの中にはまだモーゼフに頼って生きていくことができないという考えがある。
ナリアのように純粋に一緒に入れたら嬉しい、という幼い考えではなかった。
いち早く優秀な冒険者となって、ナリアとの生活を安定させたいという気持ちがあったのだ。
もちろん、それがうまくいくという保証がないこともエリシアは理解しているし、この状況がとても幸運であるということも理解している。
モーゼフと一緒にいられることを楽しんでいるのも事実だ。
そうした考えが、エリシアを悩ませる原因となっているのだが。
「まあ、そうじゃな。魔法の訓練ばかりでは飽きるじゃろうと思って――」
モーゼフは一枚の紙を取り出した。
《フォレスト・ファング》の討伐と書かれている。
「これは?」
「朝方取ってきた依頼じゃよ。森の方で群れを作るらしいが、時折畑の方にも現れて作物を荒らすそうじゃ。それを複数体討伐してほしいという依頼じゃよ」
そろそろエリシアが冒険者としての活動をしたいと言うのではないかと考え、モーゼフは依頼を持ってきていた。
言わなければ、一人で終わらせるつもりだったが。
エリシアはそれを受け取る。
「……ありがとうございますっ」
「喜ぶのはまだ早いぞ。この依頼を受ける上で二つ条件をつけよう」
「条件、ですか?」
「うむ」
モーゼフは頷くと、一つずつその条件を掲示していく。
「一つ、この依頼は一人で行うこと」
《フォレスト・ファング》は群れで行動するが、単独の戦闘能力はそれほど高くはない。
それに、エリシアの弓の腕ならばそれほど苦戦することはないだろう。
エリシアは静かに頷いた。
「二つ、矢は使わないこと」
「え?」
エリシアは思わず素っ頓狂な声をあげる。
矢を使わない――それは弓を得意とするエリシアにとっては武器なしで戦えと言っているようなものだった。
「それでは、どのように……?」
「お前さんの持つその矢を使わなければ別にどんな方法でもいいぞ」
「……どんな方法でも、ですか」
きっとモーゼフは意味のないことは言わない。
エリシアも何となくは理解している。
弓だけでは冒険者として生きていくのは難しいということだろう。
使える技術で戦うだけでなく、飛躍していえばキメラのように弓矢では倒せない相手と戦うときにはどうするか、ということまで視野に入れる必要もある。
そうすれば、自ずと答えは見えてくる。
「この条件を達成できるかの?」
モーゼフの言葉に、エリシアはまた少し悩んだ。
だが、決意したような表情でエリシアは答える。
「やります。そのためにここまで来たんですから」
モーゼフはその言葉を聞いて微笑んだ。
(良い目をするのぅ)
まだ子供といってもいいエリシアの目はかつて見た戦士達と同じように強い力を感じた。
学ぶ以外にも成長する道はある。
モーゼフはエリシアを見て、その方法がうまくいくと感じたのだった。
「どこに行くの?」
「ほっほっ、森の方じゃよ」
何も知らないナリアは気がつけばモーゼフの肩の上まで登ってきていた。
エリシアにとっては、数日振りの魔物との戦闘になる。
少し緊張した面持ちになりながらも、エリシアは小さく深呼吸をして一歩前を踏み出した。