13.リッチの恐怖
ウェルフ・フォスターは元々、王宮に仕える宮廷魔導師だった。
彼は自らが出世をするためならば、自らが事件を起こし、それを解決することで地位を向上させる自作自演も厭わない人物であった。
やがてそれが明るみになったとき、ウェルフは王都から逃亡し、こうして人が少ない地である金稼ぎを始めた。
ウェルフが宮廷魔導師だった頃、同じような考えを持つ騎士の数人と、彼の考えに賛同した盗賊団と協力して始めたのは偽物の討伐隊。
自らが王都からの討伐隊を名乗り、自らが作り出したキメラの対策を講じるという名目で町からの支援金や、特別料金で依頼を受けるなどの仕事を始めた。
ウェルフは少なくとも魔導師としては優秀であり、作り出したキメラはそこらの冒険者では歯が立たないほど強力な物であり、ウェルフの作戦は上手くいっていた。
そんな彼が犯した失敗があるとすれば、宮廷魔導師として真っ当に生きなかったことと、相手の力量をすぐに見極められなかったことだった。
「ただいま戻りました」
「戻りました、じゃねえ。つけられていることにも気付かなかったのか?」
「え?」
森の中に張られた大きなテントの中――そこに二人の騎士が戻ってきた。
戻ってきた男二人に、盗賊団のボスであるルーカスが怒りの声をあげた。
壮齢の男性だが、筋骨隆々とした身体つきで、背負った剣も彼と同じくらいの大きさがある。
そんな彼らを束ねるのがウェルフだった。
複数人の盗賊団と、本物の騎士が二人。
王都から派遣されてきたという二人の騎士を含めて、討伐隊を名乗る盗賊団――これがこの町から支援金を取るために構成された組織だった。
「怒る必要はないよ。相手がそれだけの使い手だったというだけさ」
ローブに身を包んで、その表情をうかがうことはできないが、その声からは余裕が感じられる。
ウェルフは複数体のキメラを所有し、それに命令することができる魔導師だった。
キメラというのはそもそも、合成する魔物によって強さがかわる。
ウェルフは素材となる強力な魔物を自身で調達できるレベルの実力者だった。
だからこそ、まだ余裕があった。
(しかし、こんなふうに結界に無理やり入ってくるなんてね)
通常、魔導師の展開した結界には、展開した魔導師本人の許可がなければ入ることはできない。
そもそも隔絶された空間に介入するなど、一流の魔導師でも苦労することだ。
だが、侵入者はそれをこじ開けて入ってきた。
それだけで魔導師としての実力が一流と判断するには早計だが、それなりの実力者であるということは分かる。
それでも、ウェルフに余裕がある理由は一つだ。
結界内には、森の中にはなっていたキメラよりも強力なモノが複数体いる。
ウェルフは森の中のキメラを倒したのもおそらくここにきた魔導師であることは理解していた。
森の中に放ったキメラはあくまで、森に入る人間に危害を加え、追いだすことを目的としていただけの《遊撃》のキメラ。
ここにいるキメラは敵を殲滅するためのキメラだ。
(一介の魔導師程度なら敵じゃない――)
そう、ウェルフが考えた瞬間、ほとんど一瞬の出来事だった。
数体以上存在するはずのキメラの反応が途絶える。
しかもほとんど同時に、攻撃を仕掛けた瞬間だ。
ガタリと勢いよくウェルフが立ちあがった。
その様子を、ルーカスを含めた盗賊団全員が見つめる。
「どうしたんだ?」
「……全員、武器を構えるんだ」
「ああ? 急にどうした――」
「いいから早く! もうそこまで来ているぞ!」
ウェルフの言葉と同時にテントの入り口が開く。
優しげな表情で微笑む老人の姿がそこにはあった。
***
「ほっほっ、失礼するぞ」
モーゼフがテントの中に入ると同時に、二人の騎士がモーゼフに剣を向ける。
この二人は先ほど男から依頼料を受け取っていた人物だ。
「なるほど、お前さん達は本物の騎士だったわけか」
「……ジジイ、つけてきたっていうのはお前か」
「その通りじゃよ。いやぁ、お前さん達がやっていることは見過ごせることはでなくてのぅ。お節介な話じゃとは思うが、ちぃと介入させてもらうぞい」
「ふざけたことは口にしない方がいい」
二人の騎士が剣を首元へと押しつける。
だが、まだ斬ろうとはしていなかった。
そんな二人に対して、ウェルフはすぐに命令を出す。
「何をしている! すぐにそいつを殺せ!」
「なに? たかがジジイ一人に何を言ってんだ?」
「そいつが外のキメラを全員やったんだ。でなきゃここには来ない!」
それを聞いて、ルーカスはすぐに二人に目配せをする。
二人の騎士は、そのまま剣でモーゼフの首を飛ばした。
あっけなくモーゼフの首が床に転がる。
「ちっ、後始末が面倒だから人殺しはするなって言ってたのによぉ」
「……仕方がない。この爺さんを生かしておくのは危険――」
「ほっほっ、容赦ないのぅ。だが、間違ってはいないな」
「なっ……!?」
その場にいた全員が驚愕に満ちた表情でモーゼフを見る。
モーゼフは落ちた首を、自らで拾い上げて再び首元へと戻したのだ。
「ば、化け物……!?」
盗賊団の男達が動揺するが、ウェルフはまだ冷静だった。
(幻覚魔法の類か……? 私でも見分けがつかないレベルか……)
だが、その考えはすぐに打ち消されることになる。
ドロリと老人だった身体が溶け始め、その本当の姿が露わになったからだ。
「アンデッド……か?」
ルーカスがモーゼフの姿を見て呟く。
ローブに身を包んだ、紛れもない骸骨。
白骨化したモーゼフのことを、すぐに理解できたのはウェルフだった。
これだけの魔法を扱えて、会話も可能とするアンデッドの種類は絞られる。
「ば、ばかな! リッチだと!?」
「リ、リッチ? それって確か……アンデッドの最上位の呼び名じゃ……」
「その通りじゃよ」
モーゼフが答える。
男達の反応は早かった。
すぐにその場にいた全員が武器を構え、モーゼフへと斬りかかろうとする。
だが、それら武器のすべてが、まるで霧のように消滅していってしまった。
「な……俺の剣が……!?」
ルーカスの大剣も例外ではない。
気がつけば、森の中まで霧のように白く包まれ始めている。
「……何が、目的だ」
ウェルフはあくまで冷静にモーゼフと会話をしようとする。
相手がリッチだとすれば、まともに戦って勝てる相手ではない。
ここからすぐに逃げ出すか、隙をついて浄化の魔法を使うことだ。
ただ、浄化の魔法もリッチクラスとなれば効くかどうか分からない。
自ずと、ウェルフの選択肢はここからいち早く逃げ出すことになっていた。
「心配せんでもよい。別にお前さん達の命まで取ろうとはせんよ。ただ、町から奪ったものをすべて返せばそれでよい」
「奪った……? 彼らが私達に払った正当な対価だよ」
「抜かすなよ、小僧」
たった一言、モーゼフの放った言葉でウェルフは大量の汗をかく。
嘘をつくこともできない、すぐにそう判断した。
リッチがなぜ町の心配をするのか――そんなことを考える暇もない。
「……分かった。言う通りにしよう」
「お、おい!」
「仕方ない、相手が相手だ」
盗賊団のボスであるルーカスも含め、納得していないという表情の者が多い。
この作戦を指揮するウェルフが言うことにはまずは従うというところだった。
ただ、モーゼフから見ても彼らがまた同じようなことを繰り返すことは明白であった。
(……仕方ないのぅ)
「ならばよい」
モーゼフがそう答えると同時に、一瞬の隙が生まれた。
この瞬間なら逃げ出せる。
ウェルフはそう考えてわずかに後退りをした瞬間――その場にいた全員の心臓を骨の剣が貫いた。
「な、に――」
驚愕に満ちた表情で自身に突き刺さった骨を見る。
ウェルフは痛みで意識を失いそうになり、目を瞑った。
次の瞬間、その痛みはなくなり、目を開けばその傷も骨の剣もなくなっていた。
「……え?」
「見えたか? 本来ならばそうなっていてもおかしくはない」
ウェルフの前までモーゼフが歩いてやってくる。
幻覚とかそういうレベルのものではない――本物の痛みがあったはずなのに、今はその欠片もない。
圧倒的なレベルの実力差を見せつけられ、ウェルフはもう動くことができなかった。
モーゼフはそっとウェルフの頭に手を置き、
「もし、同じようなことを繰り返すのならば、今のように一撃で殺すようなレベルでは済まさん。地獄の果てでも追いまわして、地獄にいってもそれ以上の恐怖を与え続けてやるぞ」
ギギギッと大きく顎を開くモーゼフに、その場にいた全員は答えることもできなかった。
絶対に逃がさないという恐怖が、心に刻みこまれる。
ただ、ウェルフだけが何度も頷いていた。
「わ、わかった……も、もう二度と、こんなことはしない……」
かろうじてウェルフが絞り出した声は嘘偽りのない言葉だった。
モーゼフはそのまま、消えるようにその場を去っていく。
残された男達は、魂が抜けたように力が抜け、その場で呆然としていた。
「ほっほっ、柄にもないことをするものではないのぉ」
(だが、これであの娘達が暮らすには良い地になるじゃろう。元々、ここは良い人も多いようじゃからな)
森から出たモーゼフは一人、いつも通りの温和な声でそんなことを呟きながら町の方へと戻っていった。
翌日――ギルドへと大量の支援金が返されると同時に、討伐隊を名乗る者達は姿を消すことになった。
おじいちゃんちょっと頑張るの回です。




