115.任された者
「みてみて! 変なお魚さんがいるよっ」
「どれだ」
「あれだよ、あれ!」
「……変か?」
「えー、だって羽みたいなの生えてるよ? お魚さんには羽なんて生えないよね?」
「おそらくあれはヒレだ。羽のように見えるがな」
ナリアとヴォルボラが、海面を見ながらそんなやり取りをする。
エリシアはそんな二人を笑顔で見守りつつ、去っていったモーゼフのことを思い出す。
……心細くないと言えば、嘘になる。
ヴォルボラがいるから、きっとエリシアとナリアの安全は確保されていることに違いはない。
けれど、エリシアも本当はモーゼフと共に行きたかった。
分かっていたことではあるけれど、連れて行ってもらえないのは――この先には危険が待っている可能性がある、ということでもある。
(私は、やっぱりモーゼフ様の役には立てないのかしら……)
そんな風に考えてしまう。
もちろん、エリシアがその悩みを打ち明けても、モーゼフは否定するだろう。
エリシア自身――自らの力が足りていないことは分かる。
モーゼフクラスの人と同じ立ち位置にいられるのは、それこそヴォルボラやウィンガルだろうか。
そのレベルには、そもそもたどり着けるか分からないが。
「モーゼフのことが心配か?」
「! ヴォルボラ様……。いえ、その……」
不意に声をかけられて、エリシアは動揺して言葉を詰まらせる。
そんなエリシアに対し、ヴォルボラも洞窟の奥を見据えて、言葉を続けた。
「隠す必要はない。だが、あの男は死んでも死なない――というか、もう死んでいるしな。ここにお前を置いていったのは、帰る場所を定めるためだろう」
「……帰る場所、ですか?」
「そうだ。奴にとってはエリシアとナリアが帰る場所なんだろう。我にとってもそうだ。お前達が待っているから、戻って来られる。だから……その、なんだ。あまり暗い顔をするな」
「っ、ありがとうございます。心配してくださったんですね」
ヴォルボラは、いつでもエリシアに優しい。
口調こそ淡々としているが、エリシアの表情や雰囲気を見て……まるで心でも読んだかのように話しかけてくれた。
不安に思っていることに対して、『答え』をくれたのだ。
だが、彼女はいつも素直にはお礼を受け取ってくれない。
少し恥ずかしそうな表情でそっぽを向いてしまう。
「……別に我は――」
「あーっ! ヴォルボラの尻尾、すごく揺れてる!」
「やめろ」
気付けば、ナリアが見えないヴォルボラの尻尾につかまり、ぶんぶんと振り回されていた。
それを見て、エリシアは思わず吹き出してしまう。
「ふふっ」
「……そうだ。笑顔で奴を待って、迎えてやればいい」
「そう、ですね。それが私のできることなら、しっかりと務め上げたいと思いますっ」
「うむ」
「わたしも一緒に待つよっ」
「そうね、ナリア。一緒にモーゼフ様を待ちましょう」
「うんっ。じゃあ、まってる間になにする?」
「その前に我の尻尾を離せ」
「動いてるのおもしろいからさわりたいっ」
「ええい、面白がるな。我の尻尾はオモチャではない」
そうは言いながらも、ヴォルボラはナリアを無理やり振りほどくようなことはしない。
二人の様子を見ていると、エリシアの心も不思議と安らいでいく。
――モーゼフのことを信じて待つ。
エリシアは、モーゼフに留守を任されたのだから。
また久々ですみません……!