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110.塩味

「おー……すごいっ」


 押し寄せる波を見て、ナリアが感嘆の声を上げる。

 靴を脱ぎ捨てて海の中に入っていく。

 見渡す限りに広がる海は、ナリアにとってはとても新鮮だろう。


「ぬはははっ、海というものは実に広大だな」

「ほんとだねっ。これが海……!」

「ほっほっ、期待以上だったかの?」

「うん! 何か良く分かんないけど、とにかくすごい!」


 モーゼフの言葉に、ナリアが笑顔で頷く。

 海のすごさというのが具体的に表現できないらしい。

 ナリアは海水を手ですくうと、おもむろにそれを飲み始める。


「じょっばい……」

「ぬははっ、当然だな!」

「それは海水と言ってのぅ。塩分を多く含む水でな。あまり多く飲んではならんぞ」

「そうなんだ……」


 モーゼフも飲む前にナリアに教えることもできたが、何事も経験だ。

 誰しも初めから知っているわけではない。

 火は熱いということから、海水はしょっぱいということまで――経験することで学ぶべきことだ。

 基本的なことではあるが、モーゼフはそういう経験を通してナリアにも学んでもらいたいと思っている。

 もちろん、危険なことがあれば止めるが。

 モーゼフも海を見るのは少しばかり懐かしく感じた。

 実際にはそれほどの長さもないのだが、長く生きているからか――そういう風に感じることもある。


(もっとも、今は死んでいるがの)


 モーゼフもナリアに並ぶように海の中へと入る。

 海水の冷たさや、波の感覚は感じられるわけではない。

 ただ、水平線に広がる波を見るだけでも楽しめるものだ。

 ナリアはモーゼフの隣で、レグナグルを海水へと浸していた。


「レグナグルは海好きなの?」

「ぶぶぶば」

「え?」

「ぶぶぶば」

「普通?」

「ぶぶ」

「そうなんだっ」

「ほっほっ、口元が海に入っておるぞ」


 一応、レグナグルは「普通だ」と答えていたために、ナリアには伝わっていたので突っ込む必要もなかった。


「近くで見るともっとすごいですね……」

「まあ、確かに広いからな」


 後ろから遅れてやってきたのはエリシアとヴォルボラ。

 少し砂がついて汚れた服をエリシアが払う。

 ヴォルボラは大量に砂がついていたが、特に気にする様子もない。

 それも、エリシアがパッパッと手際よく払っていた。

 エリシアも裸足になって海の中に入る。

 波の押し寄せる感覚に少しだけ驚いた表情を見せた。


「わっ、結構強い、ですね……」

「まだ弱い方だがの。大きな波になれば、この海岸の向こう側まで届くこともあるじゃろう」

「そ、そんなにですか?」

「うむ。自然の力というのは時に強くなることもあるということじゃ」

「そうなんですね……。味とかはどうなんでしょう?」


 エリシアはナリアと同様に海水をすくうと、口元へと運んでいく。


「んっ!? ごほっ、しょ、しょっぱいですね……っ」

「ほっほっ、ナリアと同じことをしておるの」

「あ、う……。しょっぱさも含めて、自然はすごい、ってことなんでしょうか……?」


 少し恥ずかしそうにして俯くエリシア。

 その隣で、ヴォルボラが不意に呟く。


「我の方が自然より強いがな」


 何故か自然と張り合うヴォルボラ。

 実際、ドラゴンの姿のヴォルボラなら雷や竜巻――海の大波に至るまで負けることはないだろう。

 そして、そう言いながらヴォルボラはおもむろに服を脱ぎ始める。


「ヴォルボラ様!? ま、またこんなところで……!」

「ん、海に入るなら裸が普通だろう」

「え、そうなんですか……!?」

「ドラゴンとしては普通かもしれんが、一般的ではないぞ」

「じゃあダメです!」

「我が海の入り方というのを伝授してやろうと思ったのだが……」


 ヴォルボラは少しだけ残念そうにする。

 別に海の入り方を教えるだけなら裸になる必要はない。

 森の中での水浴びなどと違って、ここでは隠すものは何もない。

 こういう場所でも、裸になるのはよくはないというのがエリシアの考えだった。

 モーゼフもその点については同意する。

 だからこそ、あらかじめ準備しておいたのだ。


「エリシア、ヴォルボラの分の水着も持ってきておるかの?」

「あ、はい。水の入るようの服、ですよね?」


 いずれ海に行くという約束をしていたため、王都であらかじめ購入しておいたものだ。

 モーゼフが地面に触れると、柔らかい砂が盛り上がり大きめの箱が出来上がる。

 人が数人は入れる広さの場所だ。


「ナリアも連れて、この中で着替えてくるといいじゃろう。せっかく海に来たのなら、泳いで遊ばない手はないからの」

「ありがとうございます、モーゼフ様。ナリア! こっちで着替えましょう」

「はーいっ」


 ナリアがエリシアに呼ばれて駆け出す。

 レグナグルはそのまま海の波に乗って、徐々に流されていく。

 手に持っていたレグナグルは、モーゼフが受け取った。


「レグナグルはわしと待機じゃな」

「ぬはははっ、別に私は構わないが」

「お前さん、エルフの肌に興味はないじゃろう?」

「そんなことはない。女体であれば何の裸だって楽しめるぞ。最大カブトムシの裸までは許容しよう」

「ほっほっ、カブトムシは基本全裸じゃよ」


 レグナグルの守備範囲の広さという無駄な情報を手に入れつつ、モーゼフは三人が出てくるのを待った。


「ヴォルボラ様! 上、上も必要ですから!」

「ん、そうなのか。下一枚しかないものだと」

「おねえちゃん、これどうやって着るの?」

「ちょ、ちょっと待っていてね。でも、上から着るものではないと思うわ」


 何となく会話だけでも中がどうなっているか想像できる。

 モーゼフは小さく笑う。


「ほっほっ、エリシアも大変じゃのう」

「ぬはははっ、女子の会話を盗み聞きとは、モーゼフ……お前も中々趣味が悪い」

「耳を塞ぎたくても塞げなくてのぅ」

「このエロ爺め!」

「ほっ、そんな風に呼ばれたことは一度もなかったの。中々に新鮮な呼び名じゃ」

「ぬははっ、気に入ったか?」

「いや、まったく」


 モーゼフはそう答えると、ぽいっとレグナグルを海の中に放り投げる。

 浮力のあるレグナグルは溺れることはないが、波に流され始めた。


「冗談、冗談だぞ、モーゼフ」

「ほっほっ、わしも冗談じゃよ」

「いやいや、流されてる。私これ流されてるぞ!」


 大賢者の冗談は意外と笑えないものだということを、レグナグルだけが知るのだった。

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