108.海を目指して
《レスティ王国》――国の首都が海側にある国家が、大陸の南側にある。
海を目指すのならばそちらの方がいいのだろう。
だが、モーゼフ達が目指したのは北側――大陸から遥か北方にある雪の島国。
北側に行けば行くほど寒くなってくるが、幸いにもモーゼフ達のいる大陸では北側でも過ごしやすい気温であった。
「それで、どうして海に……?」
「ほっほっ、前にも約束したからのぅ」
エリシアの問いに、モーゼフは笑いながら答える。
以前王都に向かったのと同じく、木で作り出された馬車が進んでいく。
モーゼフの隣にはナリアではなくエリシアがいた。
「お前さんも海は見たことないじゃろう?」
「はい、ずっと森の中で暮らしていたので」
「海は良いぞ。目でもおとでも楽しめる。森は森で大自然を堪能することはできるが、海もまた自然の一つじゃよ」
「そうなんですね……ナリアではないですけど、私も少し楽しみにしていました」
エリシアが少しだけ恥ずかしそうに答える。
それならば、きっとエリシアも楽しむことができるだろう。
モーゼフが海で楽しむことと言えば、森の中とも同じく釣りとなるのだが。
(海は海で良いものが釣れるからのぅ)
モーゼフはそんなことを考えているが、実際の目的地は海ではない。
その先にある雪国を目指している。
その原因となっているのは、最強の魔物の一角であるレグナグルなのだが――
「レグナグル、すごい伸びるよ!」
「ぬはははっ、私の伸びの良さは世界一なのだ!」
「ナリア、あまり伸ばしすぎてはいけないよ。戻らなくなってしまうかもしれないからね」
「えーっ、本当に!?」
「ぬははっ、戻らなくても私は本体ではないので問題ないのだがな」
ナリアに玩具のように引っ張られているのがレグナグルだった。
いつの間にか打ち解けたらしく、レグナグルを引っ張るナリアがウィンガルに窘められていた。
少なくとも――会話することができる魔物という時点で相当強い魔物であるということは分かる。
ウィンガルもそれには気付いているのだろうが、それほど警戒はしていなかった。
むしろ警戒心が高いのは、相変わらずヴォルボラだった。
「……レグナグル、どこかで聞いたような……」
唸るような声で考え込むヴォルボラ。
(ほっほっ、聞いたことはあるじゃろうな。あの《竜王》と並び立つ存在だからの)
見た目瓜坊なのはレグナグルの本体ではなく、魔力で作り出した化身だった。
ウィンガルの警戒心が低いのは、レグナグルの化身は非常に戦闘力が低いことにある。
すなわち、今のレグナグルに害はない。
それこそ、ナリアに問答無用で引っ張られてしまうレベルだ。
「こら、ナリア。レグナグルさんに迷惑をかけてはダメよ」
「はーいっ」
姉のエリシアの言うことは素直に聞くナリア。
びよん、と伸ばしたレグナグルを元に戻す。
「心配せんでも、レグナグルはあの程度で迷惑とは思わんよ」
「ですが……」
「ぬはははっ、エリシアよ。何だったらお前も私を引っ張るがいい!」
「え、わ、私ですか?」
「そうだ。見たところ猪のぬいぐるみを持つほどの猪好きと見える。今なら特別にこの私を――」
「必要以上にエリシアに近づくな、猪」
エリシアの近くまで寄ったレグナグルを引きずり戻し、そのまま横に思いっきり引っ張るヴォルボラ。
この日一番の伸びだった。
「ぬおおおおっ! 伸びる、伸びるぞおっ!」
「ヴォ、ヴォルボラ様っ! ダメですって!」
「ほっほっ、レグナグルは伸びるくらいが丁度よいからの」
「モーゼフ様まで……! とにかく、一度レグナグルさんを床に置いてください!」
「こうか?」
「あ、そ、そうじゃなくて……っ!」
べちゃっ、と平べったいままにレグナグルが床に押し当てられる。
エリシアがナリアだけでなく、ヴォルボラの面倒を見る姉のようになっていた。
ヴォルボラがレグナグルで遊び始めたので少なくとも警戒心は多少和らいだのかもしれないが、レグナグルの正体については黙っていた方がいいだろうと思うモーゼフであった。