107.次の目的地
エリシアが結界魔法の練習をし、ヴォルボラはそれを見守る。
エリシアの集中力は高く、ウェルフもその様子に驚いていた。
「大した集中力だな」
「ウェルフさん……」
少し息を切らしたエリシアは、つらそうにウェルフの方を見る。
頬からは一筋の汗が垂れる。
「基礎的なことは教えた。まずはそれを反復して繰り返すことだが、魔法の練習にはメリハリも大事なことだ。君は少し気負いすぎているな」
「す、すみません。モーゼフ様にも、同じことを言われました」
いつも肩の力を抜くように、とモーゼフに言われる。
だが、エリシアはどうしても性格的に難しかった。
何でも真面目に、そして純粋に取り組むのがエリシアのいいところでもあり、欠点でもある。
「真面目なことは評価に値するがな。そら、お望みのものだ」
「わっ!?」
もふん、とした柔らかい感触の物をエリシアが受け取る。
その見た目は可愛らしい魔物――それも猪の子供のような姿をしたぬいぐるみだった。
肌触りはいいが、弾力性もある。
ただ、それでいてとても柔らかいという、何とも奇妙な感触だった。
「す、すごいです……」
「私にかかればこれくらいのことは造作もないな」
「我にも触らせてくれ」
「あ、どうぞ」
エリシアがウリ坊ぬいぐるみをヴォルボラに手渡す。
ヴォルボラはそのぬいぐるみを持つと、目を見開いた。
「これは……」
もみもみもみ、ふにふにふに。
真面目な顔でぬいぐるみを揉み続ける。
そして、横に伸ばすように引っ張った。
ぐいーん、とウリ坊が大きく横に伸びる。
だが、千切れる様子はない。
「耐久力も申し分ないな」
「いや、そんなに伸ばされるようには考えてないんだが……意外と伸びるんだな。――というか、君の力がおかしいな!?」
改めてウェルフからヴォルボラに対して突っ込みがある。
人型とはいえドラゴンだ。
その力は常人のものを遥かに凌駕する。
ヴォルボラはぬいぐるみをエリシアに手渡す。
「柔らかい物だが、気に入りそうか?」
「ヴォルボラ様が素材を集めてきてくださってものですから……。ウェルフさんもありがとうございます。大切にしますね」
「あ、ああ。結局君の物なんだな」
ウェルフはてっきりヴォルボラからの依頼だと思っていたが、そのままエリシアにぬいぐるみは手渡された。
無事に柔らかい物のゲットに成功したヴォルボラの尻尾は大きく揺れる。
「さっそくそれを使って昼寝をするか?」
「お昼寝、ですか? でも、もう少しだけ練習を……」
「いや、今日はそのくらいにしておいた方がいい。魔力の使い過ぎは逆に継続しない可能性もあるからな」
エリシアはまだ続けようとしたが、ウェルフからそう言われて素直に従った。
まずは魔力の壁を四方に作り出せるようになること――それが結界魔法の第一歩だ。
その次の段階についてはまたウェルフから教わろうと思っていたエリシアだが、
「君がしっかりと壁を作れるようになれば、あの爺さんも教えてくれるだろうさ。わざわざ私に教わる必要はない」
「ですが……」
「私に対しての義理とか考えているなら不要だよ。最初に言った通り、爺さんからはもらうものはもらっている」
「そのもらう物、というのはなんだ?」
「ん、まあちょっとした素材、みたいなものさ。完成したら見せてやろう――というか、いずれ君にはリベンジしなければな……」
地味に対抗意識を燃やすウェルフに、ヴォルボラは少しだけ口元を綻ばせて答える。
「我はいつでも受け付けているぞ。あのワンコロにも伝えておけ」
「キメラだ! キ、メ、ラ! 君に怯えてもう近づきたくないと言っているんだぞ」
「……悪くない奴らだったんだがな」
キメラに対しても圧倒的だったヴォルボラ。
そこはやはりドラゴンだが、ウェルフにはその正体を伏せておこうとエリシアは考えた。
「その、色々とありがとうございました」
「なに、私も息抜きになったさ」
ウェルフに礼を言って、エリシアとヴォルボラは結界を後にした。
無事に柔らかい物をゲットして満足そうなヴォルボラと、結界魔法の基礎を学んで気合いの入った表情のエリシア。
二人は宿に戻る前に、モーゼフ達のところへと向かうことにした。
この柔らかいぬいぐるみをナリアにも体感してもらおうと、エリシアが提案したのだ。
ナリアに渡したら、そのままナリアの物になってしまいそうだとヴォルボラは少し危惧している。
危惧していたのだが――
「あ、お姉ちゃん!」
「ナリア――って、その手に持っているのって……ぬいぐるみ?」
「いや、生きているようだが……」
川の近くで出くわしたナリアが手に持っていたのは、エリシアの持つぬいぐるみと同様――ウリ坊の姿をしていた。
だが、妙に生々しい感じがする。
もぞもぞ、とナリアの手元でそれは動いた。
「ぬはははっ! 私はぬいぐるみなどではないぞ!」
「え、喋った……!?」
「魔物か……!」
「ほっほっ、戻ったか」
驚くエリシアとヴォルボラの下へ、モーゼフがやってくる。
近くにモーゼフがいて、ナリアが魔物を持っているということは、少なからず安全ということなのだろう。
ただ、姉妹揃ってウリ坊を持っているという奇妙な状態になってしまった。
「むっ、それがお前さん達の手に入れた柔らかい物か」
「は、はい。そうなんですけど……」
「柔らかいの!?」
ナリアがぬいぐるみに反応して、エリシアの方にやってくる。
「ええ、すごく柔らかく仕上がっているの」
「ちょっと貸して! お姉ちゃんにはレグナグル貸してあげる」
ひょい、と渡されるレグナグルという名の魔物。
エリシアも自然な形でそれを受け取る。
「え、えっと……」
「ぬははははっ、妹にそっくりだが性格は似ていないようだな」
「レグナグル……?」
ヴォルボラの表情が少し険しくなる。
レグナグルという名に聞き覚えがあるのだろうか。
エリシアがそう思っていると、
「ほっほっ、お前さん達にも伝えなければならんことがあっての」
「あ、何でしょうか?」
「この猪を使って鍋でも作るのか?」
「ぬははははっ、笑えんジョークだな」
「物凄く笑っているが……」
「ほっほっ、レグナグルは食っても美味くないと思うぞ。それよりも、もう少し後に行こうと思っていたがの、次に向かう場所が決まったぞ」
「え、次の場所、ですか? またどこかに?」
「うむ。以前約束していた通り、海の方へと向かおうと思う」
エリシアの問いかけに、そう答えるモーゼフ。
エリシアとナリア――二人のエルフが見たことのない場所へと向かうことになっていた。
本日二巻が発売となりました。
そちらもよろしくお願い致します。
それと、さりげなくツイッター始めたのでそちらにネタとかも書いたりしようかと思ってます。
これから海回……すなわち水着回を迎えようとしているわけですね。