103.喧嘩相手
ヴォルボラは一人、近くの森を歩いていた。
結界からそれほど遠くない場所で魔物を狩る――それがヴォルボラの仕事だ。
《ミルクシープ》という羊の魔物が近辺の森で暮らしている。
柔らかな毛並みが特徴で、それを基礎的な素材としてウェルフは柔らかいものを作り出すという。
他にもウェルフはいくつか必要な素材はあると言っていたが、ヴォルボラが標的にしている魔物はミルクシープだった。
「少し離れたところに行くか……」
ちらりとヴォルボラは振り返る。
魔法を教わった方がいいとヴォルボラが言ったものの、エリシア一人をウェルフの下へ置いておくことを心配していた。
それを、表立って心配していると思われるのも微妙に嫌がった結果、後ろを気にしながら少しずつ素材を集めるという状態になっている。
ヴォルボラ自身もよく分かっている、素直でない性格がよく出てしまっている。
(まあ、いい機会か。人間の姿でも問題はないと思っていたが……)
ヴォルボラはドラゴンと人間の姿で力の差が激しい。
吸血鬼との戦闘を介して、ヴォルボラは負けるほどではないにしろ苦戦してしまった。
それこそ、ヴォルボラ一人では三体の吸血鬼に対し、エリシアとナリアを守り切れなかった可能性が高い。
ドラゴンの姿に戻れば――そういう手もあるが、元の姿でエリシアとナリアを守ることも、身体の大きさを考えれば難しい。
今の姿でも人のレベルで言えば高い方にあるかもしれないが、ヴォルボラとしてはそれでは足りなかった。
(ドラゴンである我が例え吸血鬼相手だろうと遅れを取るわけにはいかない)
――ヴォルボラの脳裏に、ウィンガルの姿が映る。
ウィンガルもまた、吸血鬼では王と呼ばれる存在にあった。
あちらはどのような姿であれ、自身のポテンシャルを十分に発揮できる。
ヴォルボラがそういう意味で対抗心を燃やすのも仕方ないことだったと言える。
「……そこか」
ヴォルボラは近くにいた魔物の気配を察知し、地面を蹴る。
だが、移動した先に魔物の姿はない。
ヴォルボラの殺気に怯えて、すでに逃げてしまっていた。
もちろん、追いかければすぐに追いつくこともできるが――
「ちっ、戦うつもりのない奴を追うつもりはない」
これではドラゴンであるヴォルボラの練習相手になるような魔物もいないことになってしまう。
思えば、フラフの町は静かで大きな問題もほとんど起こったことがないと聞く。
ヴォルボラも身体を休めるには丁度いい地域だと判断してここの近辺を選んだ。
森の入口付近から少し離れたとはいえ、ヴォルボラと戦おうとする魔物の数は少ないと言える。
「どうしたものか……ん?」
ズシャリ、と踏みしめる音が周囲に響く。
目の前に現れたのは身体が別々のパーツを持った魔物――キメラだった。
ヴォルボラの身体をゆうに超える大きさを持つキメラはちらりとヴォルボラを一瞥するが、
「……」
ふいっと別の方向を見て歩き出してしまう。
ヴォルボラも特に警戒することはない。
「それなりには強そうだが、あれがウェルフの言っていたやつか」
森の中には数体程度、キメラを放っていると言っていた。
以前フラフの町で問題となったこともあるとヴォルボラは聞いていたが、ウェルフ曰く今回のキメラはそういう類のものではないという。
ウェルフ曰く、魔物の匂いなどに反応して動くとのこと。
ヴォルボラもドラゴン――匂いだけで言えばキメラが反応してもおかしくはなかったが、ウェルフが対応しておくと言っていた。
おそらく、何らかの方法でヴォルボラは敵ではないと見分けている。
ただ、ヴォルボラとしては微妙な気持ちだった。
「今の奴、戦るには丁度よさそうなのにな……」
何故か喧嘩を売る相手を探すチンピラなような言い方になってしまっているヴォルボラだが、ふと閃く。
あのレベルなら喧嘩を売れば買ってくれるのではないか、と。
「練習相手になってもらうだけならいいか」
ヴォルボラは駆け出す。
キメラはすぐ傍をまだ歩いていた。
一歩踏み締めるごとに、周囲にいる魔物達は逃げ出していく。
キメラで逃げ出すようでは、ヴォルボラ相手では戦いを挑む魔物も少ないだろう。
「……?」
キメラが違和感に気付いて振り返る。
自身の四本の足が、地面を削ることしかできていなかったのだ。
その原因は、キメラの尻尾を掴んだ小さな少女――ヴォルボラだ。
キメラの大きな身体の動きを、尻尾を掴んだだけで止めたのだ。
「おい、お前。少し付き合え」
「グゥウウウ?」
低く唸るような声でキメラが答える。
何の用だ、とキメラは言っているのだ。
やはり、ヴォルボラのことは敵視していないらしい。
ヴォルボラはキメラの尻尾をぎゅっと握りしめると、
「今から我と戦え、な?」
「グゥルル?」
何故、とキメラは首をかしげる。
主であるウェルフに無視をするように言われているのだろう。
ヴォルボラとしては魔法の練習をするエリシアと同じように、素材集めのついでの練習になればいいと思ってのことだ。
「細かいことはいいだろう。我が戦いたいと言っている」
「グウウ……」
「主に怒られる? 心配するな、我が怪我をしたら怒られるとかそういう話だろう?」
ぐいっとキメラの尻尾をヴォルボラが引っ張る。
がくん、とキメラがバランスを崩した。
華奢な少女にしか見えないヴォルボラがキメラの巨体を引っ張ったのだ。
それだけでもキメラ側からすれば驚きなのかもしれない。
「グル!?」
「どうだ、少なくとも我の方が強いのは分かるだろう?」
「グル……」
コクリと頷くキメラ。
ヴォルボラはパッとキメラの尻尾を放すと、そのままファイティングポーズを取る。
「よし、我のこの姿での練習台だ。全力で来い」
「グゥルルル……」
尻尾を持って引きずられた時点で全力で来いと言われても勝てない――そう思うキメラであったが、どのみち逃げられない雰囲気に圧倒されて、ヴォルボラというドラゴンと戦わされる憐れなキメラがここに生まれてしまったのだった。




