101.一石二鳥
ヴォルボラはエリシアと共に近くの森へと来ていた。
モーゼフ曰く、フラフの町のすぐ側の森で今はとある研究を行っているという。
魔導師の名はウェルフ――かつて、フラフの町にて悪事を働いた魔導師なのだが、ヴォルボラもエリシアもそのことを知らない。
ヴォルボラはいざ知らず、エリシアにいたっては吸血鬼の件で助けてくれた人物でもあった。
「ウェルフさんはこの辺りにいるんですか?」
「ああ。確かに結界が張られているようだ」
エリシアの言葉にヴォルボラが答える。
ヴォルボラは結界などを見極める能力は高い。
モーゼフがいればすぐに見つけられたのだろうが、ヴォルボラはエリシアと二人で探すために断った。
(エリシアと二人で見つけることに意味がある……なんの意味だ)
自分で考えておきながら、特に理由についても思い付いていなかった。
ただ、エリシアやナリアはモーゼフと共に思い出深い経験をいくつもしている。
ヴォルボラは寝てばかりいてむしろ何かする機会の方が少ないような気がしていた。
早い話――動かなすぎでは、とヴォルボラが再び自覚したのだ。
「結界ってすごいですね……。何かある、とかそういう感じも分からないです」
「そういう類の魔法だからな。姿を隠すだけでなく、自身の力を遺憾なく発揮するためにも使われる」
「……! ヴォルボラ様、結界魔法に詳しいんですか?」
エリシアがそう問い返す。
ヴォルボラは無駄に長生きしているわけではない――だが、人が使う魔法の知識を知る機会はあった。
かつて、友と呼んだ少女の話の中から学んだものである。
話し半分に聞いているようで、ヴォルボラはしっかりとその話を聞いていた。
ヴォルボラの魔法の知識はそこからくる。
「詳しいというほどではないが――」
ゆえに、ヴォルボラの知識は古いものだ。
今の魔法と合致するかも分からない。
ましてや魔力の塊のような存在であるヴォルボラも、魔法のような技は使えても魔法を学んだことはない。
魔法に関しては正直素人同然だったが、
「……詳しいというほどではあるな」
「そうだったんですね! 私、ヴォルボラ様の魔法の話も聞いてみたいですっ」
「あ、ああ。構わないが」
目を輝かせるようにヴォルボラを見ていたエリシアに、思わず嘘をついてしまった。
――エリシアは純粋だ。
それは、妹のナリアとはまた違った方面で純粋だった。
自分から心を開いた相手の言うことを、疑うことをしないからだ。
ヴォルボラは内心焦りつつも、奇跡的に表情には出にくい性質であったため、エリシアからは特に突っ込まれるようなことはなかった。
「聞きたければ何でも聞け」
そこでわざわざ自分を追い詰めるような一言を付け加えてしまう。
エリシアが期待している――というところが大きかった。
「ヴォルボラ様は結界魔法を使えるんですか?」
「いや、我自身は使えん。あくまで知っているだけだ」
「そうなんですか……」
「がっかりしたか?」
「い、いえ! ただ、ご存知でしたら教えてもらえないかと……」
「なんだと?」
エリシアが結界魔法を学びたがっているとはヴォルボラも思わなかった。
ただ、何となくの心当たりはある。
結界魔法は完全な安全を約束するものではないが、吸血鬼クラスを相手にしても時間稼ぎには十分なる。
きっと、今までの経験から学んでいきたいことを見つけたのだろう。
それならばもっとも手っ取り早い話がある。
「モーゼフに教えてもらえばいいだろう」
「モーゼフ様は……その、まだ早いと」
「あの爺……」
ヴォルボラはモーゼフの言うことも理解していないわけではない。
だが、それよりもエリシアが知りたいというのなら教えてやれ、という感情の方が先走っていた。
(くっ、我が結界魔法を覚えていれば……いや、待て)
「一石二鳥と言うんだったか、こういうときは」
「……え?」
ヴォルボラはスッと前に出ると、何もない空間をバリッと引き裂く。
空間は割れるように崩れていき、そこには一人の男が驚いた顔でヴォルボラ達を見ていた。
「うわああああ! また出たあああああ――って、女の子……? いや待て、後ろの君はあの爺さんと一緒にいた子じゃないか。……ということは、また結局爺さん関連か!」
「……一体何をされたんだ」
男――ウェルフの驚きっぷりに唖然とするヴォルボラとエリシア。
ヴォルボラがそんな風な感想を述べた相手こそ、モーゼフの紹介した『やわらかいもの』の所在を知っている可能性のある人物であり、同時に結界魔法の使い手でもあったのだ。