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100.柔らかさを求めて

「ふむ、柔らかいものか……」

「ああ、何か知っているのではないかと思ってな」

「ほっほっ、また随分と抽象的な表現ではあるのぅ」

「ああ、だからこそ困っている」


 村から少し離れた川で、モーゼフはナリアと共に釣りをしていた。

 いくら柔らかいものを探すと言っても――心当たりがヴォルボラにはまるでない。

 そうなると、自ずと頼れる相手は決まってくる。

 エリシアには町の入口の方で待っているように伝え、ヴォルボラはモーゼフのところへとやってきていたのだった。

 正確に言えば――モーゼフは釣りをしていて、川の水に手の届く距離でナリアは水に手を伸ばして遊んでいる。

 そして、すぐ近くウィンガルがそれを見守っていた。


「ウィンガルは水で遊ばないの?」

「私はあまり水が得意ではないのさ」

「そうなの? 泳げないの?」

「泳げなくはないと思うけれどね」

「今度モーゼフと海に行く約束してるからね。ウィンガルも水で遊べるようにならないと!」

「海か。エリシアもナリアも海は見た事がないのかな?」

「うんっ。この川よりおっきい水なんだって! ウィンガルは見た事あるの?」

「もちろん、あるとも。私は元々この大陸の住人ではないからね」

「えっ、そうなの!?」


 そんな仲睦まじい声がヴォルボラの耳にも届く。

 吸血鬼――元々はエリシアやナリアを襲ったというウィンガルだったが、ヴォルボラが実際に出会った男はその欠片を見せていない。

 むしろ普段は幼い少女のような姿をしているために警戒するのも忘れてしまうくらいだった。


「……」

「ほほっ、向こうが気になるかの?」

「いや……それよりも柔らかいものについて聞こう」

「そうじゃったの。ふむ、柔らかいものというとどういうものかによるの」

「どういうもの?」

「一概に柔らかいと言っても色々あるじゃろう。スライムとて液体だが柔らかいとも言えるし、猫の毛並みも柔らかいと言える」

「胸もか」

「ほっほっ、そうじゃの。お前さんの言う柔らかいものというのがどういう方向の話か知りたいわけじゃ」

「なるほどな。それを言うと――」


 ヴォルボラは特に迷う事なくモーゼフに背を向けると、スカートの裾を捲り上げた、


「我のこの尻尾以上のものがいいのだが」

「お前さんの尻尾の柔らかさは分からんが、もう少し貞操は気にした方がいいかもしれんのぅ」

「貞操……?」

「ヴォルボラが尻尾出してる!」


 ナリアがヴォルボラの方に気付いた。

 特段スカートを巻くって尻尾を見せる格好に突っ込みを入れないあたり、ナリアもまだそういうところには疎い。

 もっとも――裸で川遊びを楽しむときにモーゼフを呼ぶくらいなのだから、そのあたり気にする年齢でもないのだろう。


「ぷにぷにー」

「……おい」

「そんなに柔らかいんだね」

「お前には触らせないぞ」


 ナリアがヴォルボラの下へやってきて、尻尾をもみもみする。

 それを傍観していたウィンガルに対して、ヴォルボラはそう言い放った。

 ウィンガルは肩を竦めて答える。


「別に揉みたいとは言わないけれどね」

「揉みたそうな顔をしている」

「私がそんな顔を? ははっ、それはそれで興味深いな。少し鏡で見て来ようか」


 ヴォルボラとウィンガルは、こうして冗談を言う程度の仲にはなっていた。

 特にエリシアとナリアを守るという考えで一致しているところが大きい。

 ヴォルボラは未だに警戒心を高く持っているが、ウィンガルに至ってはすでにヴォルボラに対してもエリシアやナリアと変わらない態度で接している。

 性格がよく表れていると言ってもいいだろう。


「ナリア、ヴォルボラの尻尾はどういう感じで柔らかいんじゃ?」

「うんとねー、ぶにぶにのぷにぷに」

「なるほどのぅ。そうなると、《マルコルフの森》にいる《ネルボア》みたいなものかの」

「……今のだけで伝わるのか?」


ナリアは「ぶにぶにのぷにぷに」としか言っていないが、モーゼフが具体的な場所やその物まで言葉にした。

ただ、聞いただけではそれが何なのか分からない。


「ネルボアは非常に大人しい猪の魔物での。草食の彼らは温厚でとても柔らかい肉を持つ」

「それは食べ物として美味いという事じゃないのか?」

「ほほっ、まあそういうところもあるの」

「ネルボアってヴォルボラみたいな名前だね!」

「一日の半分は寝ている猪なんじゃよ」

「はははっ、そのあたりもそっくりじゃないか」

「我はそんなに寝ていないが……」


 ヴォルボラはそう答えるが、実際多い時では一日中寝ている。

 ドラゴンの時間の感覚は非常に緩いのだ。

 モーゼフから得られたのは《柔らかい肉》の情報だが、いかんせん《マルコルフの森》というところの場所が分からない。

 そもそも、エリシアを連れてそこまで遠出をするわけにも行かなかった。

 悩んでいるヴォルボラに対しモーゼフは、


「二人で森の中でも探索してみるのもいいじゃろう。この辺りの森はわしもそこまで詳しくないからの」

「結局はそうなるか……」

「ほほっ、お前さんが海を越えるというのなら話は別だが……」

「えーっ! 海に行くならわたしも行きたい!」

「ほっほっ、海はこの次に行く約束じゃからの――お、そういう意味だと、相談するのに適任がおるかもしれんの」


 モーゼフはふと思い出したようにそう呟いた。


「適任? お前の知り合いか?」

「うむ。お前さんは会った事がなかったかの。丁度、この付近の森に来ているようじゃ」

「……一応確認するが、人間か?」

「ほっほっ、わしをなんだと思っておる」


 モーゼフはそう言うが、ヴォルボラから見てもモーゼフは異質な存在だ。

かつて《大賢者》と呼ばれ、今はアンデッドの身体をしている。

敵であったはずの吸血鬼も味方に加え――ヴォルボラ自身もエリシアと共にいるためとはいえモーゼフといる事を嫌とは思っていない。

 だが、モーゼフの知り合いというと普通の人間であるかどうかをまず疑ってしまうところだった。

 エリシアと共に会いに行くのならば、安全であるという事は確認しておきたいところだ。


「まあ、最近知り合いになったばかりの魔導師での。キメラなどの《合成獣》を扱う事に長けた男じゃ」


 モーゼフの言う知り合い――今も《タタル》の村で暮らすウェルフの事だった。

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