10.町へ到着
キメラとの戦い後――そこから町までは特に大きな問題はなく、町が見えるところまで到着した。
もう数十分も歩けば到着する距離だ。
エリシアは嬉しそうにモーゼフの方をみる。
「着きました! モーゼフ様――あれ、お顔が……?」
「ほっほっ、骨のままで入るわけにもいかんじゃろう。このあたりだとそろそろ人も出てくる頃じゃろうて」
モーゼフは答える。
ローブで隠れていない部分――骨身はすべてエリシアの知っているモーゼフとなっていた。
かつて一度だけ会ったことのある、優しそうな老人の姿だ。
幻覚魔法――それも、質感まで他人からすれば再現されるレベルの高等魔法だ。
ナリアもモーゼフの姿を見て、ある意味驚いていた。
「モーゼフ、リッチじゃなくなっちゃったの!?」
「いやいや、わしはリッチのままじゃよ」
「じゃあ『ゆーふく』わけて!」
「ほれっ」
リッチはナリアにとって『ゆーふく』の証。
それを渡すことがモーゼフのリッチを証明することだった、
ローブの下から骨を一本取り出して、またナリアに渡す。
ナリアはモーゼフからもらった骨を大事そうにカバンへとしまう。
すでに四本目だった。
エリシアはモーゼフの身体の骨がいつかなくなってしまうのではないか、と少し心配する。
「さて、それじゃあ行くとしようかの」
「はいっ」
「わーい、たのしみっ」
三人はそのまま町の方へと進んでいく。
そこまでの道で、数人の人々とすれ違った。
みながみな、暗い表情をしたまま去っていくのが気がかりだった。
「……なんだか、皆さん元気がないですね」
「何かあったと考えるのが自然じゃな」
「みんなどうしたのかな?」
ナリアも少し心配そうな表情をしていた。
モーゼフは肩の上のナリアの頭を撫でてやる。
「心配無用じゃ。みな、少し疲れているんじゃろうて」
「そうなの……? モーゼフは疲れてない?」
「ほっほっ、わしはいつでも元気元気じゃ! ほれ!」
「わぁ!?」
たったっとモーゼフは軽快に走り始める。
傍から見れば老人がかなり無茶をしているように見えるだろうが、実際モーゼフは平気だった。
エリシアもその様子を見て、笑顔になる。
町の中に入る前から暗くなることはない、モーゼフはそう考えていた。
そのまま町の中まで軽快に向かうモーゼフ。
それなりの高さの木の壁に囲まれた町の前では門番が待ち構えていた。
「……旅の方か? それとも、派遣されてきた方?」
ちらりとモーゼフを見てから、怪訝そうな表情でエリシアとナリアを見る。
いずれも銀髪のエルフという、町では相当珍しい存在なのだろう。
エリシアは少し気まずそうだった。
ナリアはいつもと変わらず、
「旅の方だよっ」
ナリアがピシッと手を挙げて門番に答えた。
門番はナリアを一瞥したあと、モーゼフの方に向き直る。
「ここでは入退場に関しては特に制限はないから」
それだけ言って、モーゼフ達は通される。
モーゼフは見た目こそ今は人間だが、自分自身は骨であることを忘れ、いつもの癖であった顎鬚を撫でる仕草をする。
考え事をするときはいつもそうしていた。
(派遣されてきた、か。きな臭いのぅ)
「あの、モーゼフ様」
「ん、どうした?」
「まずは宿を探して、そこから冒険者として登録するためにギルドに向かう――それでよいでしょうか?」
モーゼフの様子を窺うように言うエリシア。
モーゼフは頷き、
「うむ。それでいこう」
三人は宿を探すことにした。
町自体、そこまで広いわけではなく、城門付近ですぐに宿は見つかった。
「いらっしゃい――おや、エルフとは随分珍しいお客さんだね」
人の良さそうな女性が笑顔でそう話す。
それなりに歳はいっているようだが、まだまだ元気そうだった。
エリシアは少し恥ずかしそうに俯く。
「おばちゃん、わたし珍しいの?」
「あっはっはっ、そうだねぇ。あまり見ないよ。それと、あたしを呼ぶときはお姉ちゃんって呼びな?」
「えー、『おねえちゃん』はおねえちゃんだけだもん!」
ナリアはそう言って、エリシアの手を掴む。
「こ、こらっ! すみません……」
「子供は正直だねぇ」
「ほっほっ、まったくじゃな」
「あら、爺さん意外と失礼だね」
「おっと、これは申し訳ないのぅ、綺麗なお姉さん」
「あっはっはっ! 面白い爺さんだね。可愛い娘さん達もいるし、特別にまけてあげるよ。何日分だい?」
「おぉ、ありがたい。とりあえず、一週間分で頼みますわい」
まずは宿の確保はできた。
出ていく人々は暗そうだったが、町の中――特に住民に関してはそこまでといった様子だ。
おそらく町から出ていったのは、『旅の方』なのだろう。
部屋まで行くと、ナリアはすぐにベッドの上に飛びこんだ。
「ふかふかだぁ!」
「こら、ナリア。はしたない」
エリシアはすぐにナリアを持ち上げる。
少しふくれっ面でナリアはまだベッドに横になろうとしていた。
「ほっほっ、ナリアは元気じゃのぅ」
「うんっ、モーゼフも元気でしょ?」
「うむ。さっきの五倍くらいじゃ。さて、エリシア、荷物を置いたら早速冒険者として登録しにいくのかの?」
「はい。できることから始めていきたいと思います」
モーゼフはそれを聞いて、うんうんと頷く。
エリシアの冒険者としての新しい生活が始まろうとしていた。




