第一話 ヒーロー物語 1-6
「ヒロト……ヒロト……」
そう呟きながら、無我夢中で走り続けるミナト。
学校を抜け、通学路の住宅地を抜け、最終的に到達したのは昨日寝ていたあの丘であった。
「おい! ヒロト!」
頭の中で鳴り続けていたあの音は止んでいる。その正体は何かは分からないが、ヒロトがここにいる、という確信をミナトは持っていた。
「そこにいるんだろ? 昨日みたいに。ヒロト! 出てこい! 学校戻るぞ!」
ミナトは真ん中にある大木に向かって叫んだ。長い距離を休まずに走ってきたからか息が荒れていた。
「おい! いないのかよ! ヒロ……! あ?」
もう一度ヒロトを呼ぼうとしたそのときであった。
突然、ミナトの周りに霧が立ちはじめた。かなり濃い霧であったため、ミナトは周りがあまり見えなくなった。
それを嫌ってか、必死にそれを振り払う。
霧が晴れだしやっと辺りが見えだしたとき、ミナトはその光景に驚愕した。
「なんだよ……これ」
辺り一面がナイフのような刃物に変わっている。周りにあった猫じゃらしは刃の部分となっているが風に吹かれて揺れている。大木も無数の刃が生えている一本の剣と化している。
落ち葉もそうだ。猫じゃらしと同じく風に煽られ落ちているのも、地面の様々な色をした落ち葉も全てナイフと同じ銀色となり、剥き出しの殺意を秘めた刃と化している。
全てが鏡のようにミナトを映している。
「なんなんだよ! これは! まるで……」
まるで昨日見た夢みたいな世界じゃないか。
若干の興奮を覚えるミナト。しかし、そんな風に思っている場合じゃない、と言うように頭を横にブンブンと振る。
「ヒロトー!」
徐々にヒロトに対する怒りが声ににじみ出る。ナイフの木に向かって歩みを進める。
歩くときの手が大振りとなり、怒りで鼻息が荒くなる。
「ヒロトっ!」
木にたどり着き、先ほど死角であった所を勢いよく覗き込む。しかし、そこには誰もいなかった。
怒りで地団駄を踏むミナト。次の瞬間であった。
後ろで何かが降りてくるような音がする。それにつられてミナトは後ろを振り向く。
「ヒロ……ぐわっ!」
ミナトは何かに思い切り殴られ、後ろに飛ばされた。
なんだこれ……痛ぇ。めまいがする……ふざけんな、誰だよ畜生!
ミナトは殴られた右の頬を摩る。草を踏む音と共に先ほど殴った何者かが近づいてくるのが分かった。
めまいが少しずつ治り、前がはっきりと見えるようになった。
そのミナトの瞳に映ったのは、あり得ないものであった。
特撮ものに出てくるような怪人。化け物であった。
体中が黒と黄色の毛に覆われ、背中には六本の足。赤色の三ツ目に鎌のような歯が二本生えている。
蜘蛛を思い出させるような形状のモンスター。
歯を両方動かし、間からは涎が垂れ流されている。
こいつは……やばい! 逃げなきゃ、やられる!
後ろを向きながら立ち、そのまま逃げようとするミナト。しかし、先ほどからミナトが気づいていないだけで降っていた小雨のせいで地面は濡れ、ミナトは滑って転んでしまった。
は、ははっ。僕ってもしかしなくても……やられるパターンか。ああいうのではいっつも助けてくれるけど、現実はそうじゃないか。
ミナトは諦め顔で怪人を見つめる。後ろに行こうと体をずらすも怪人との距離は近づく一方。
あと数メートルといったところで、怪人はミナトめがけて飛びかかる。
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!」
ミナトは恐怖で腕で顔を覆う。
そのとき、ミナトの頭の中で先ほどの耳鳴りのような音がまた鳴り出した。
次の瞬間、何か重いものがぶつかるような音がして怪人は横に吹き飛ばされた。
そのまま怪人を殴るような鈍い音が何回もする。
こ……来ない?
顔を覆ったままであったミナトは違和感を感じ、腕を地面にだらんと下ろし周りを見る。
「あれはっ!」
仰天するミナト。目に入ったものはあのヒーローの姿であった。
怪人を馬乗りの状態で殴り続けるヒーロー。それに抗うかのように怪人は口から糸を吐く。
のけぞるヒーロー。怪人はその隙を突き、ヒーローを蹴飛ばす。
後ろに吹き飛ばされるヒーローを見ながら怪人は立ち上がり、糸を何本も吐き出す。
ヒーローはそれに気づき、横に転がりながらそれを避ける。地面に着弾したそれは、その場所をえぐるようにして溶かす。
ヒーローはその光景を見ずにすぐ立ち上がり、怪人に向かって飛びつく。抱きついた後すかさず回転し、その勢いを活かして怪人を木に向かって投げつけた。
木にぶつけられた怪人は勢いを殺しきれず、横に吹き飛び地面に転がった。
その様子を見て、ヒーローは腰のディスクを抜き、胸の部分に差し込む。
怪人はダメージを負ったのか、ゆっくりとよろめきながら立ち上がる。
「scan K」
流れる電子音と共に、ヒーローの差し込んだ部分が光り、その光が足に向かって胸の回路を伝う。
ヒーローはその間、光の到着点である右足を後ろに大きく下げ、腰を深く落とした。
光が右足に達すると、膝をさらに深く曲げ、その反動を活かして大きく飛び上がる。
怪人はそれをよろめきながら見上げ、ヒーローに向かって何本もの糸を吐いた。
ヒーローは上空で曲げた足を伸ばし、キックの状態にする。オーラのような光を放つその足は怪人の放った糸を一瞬で消し去り、怪人の元へ一直線に進んでいった。
「はっ!」
と、力強い声をあげながら怪人に蹴りを浴びせるヒーロー。
キックは怪人を貫き、耐えることの出来なかった怪人はそのまま爆発四散した。
ヒーローはそのまま立ち上がり、ミナトのいる場所とは反対の方向へ、ゆっくりと歩いて行った。
「あれ……は……」
怪人に殴られたダメージが大きかったのか、ミナトは朦朧とした意識の中でその戦闘を見ていた。
意識が途切れる瞬間にミナトの目に映ったのは、ミナトの知っていたものにはついていなかった、両腕と背中の何か禍々しく美しい殺意を帯びた棘であった。