第二話 ヒーロー物語 1-2
夕焼けの太陽に照らされ、辺りは一面小麦色。大勢の猫じゃらしが頭を垂れるかのように生えている。
秋特有の夏の残り香が混ざった冷たい風が辺りを撫でるように吹く。それに続くかのように野原の中央にある小高い丘の大木の葉も散る。
焦げ茶色や淡い赤色のものもあり、それらの落ちた地面はまるで使い古したパレットのようだ。
その中に溶け込むようにしてミナトは夢を見ていた。
それは子供時代に観ていた特撮ヒーローの夢であった。いかにもラスボスのようなトゲトゲした怪人と戦っているシーンである。
「お前は……俺が止める!」
ヒーローは怪人にそう言うと、履いている紺色のジーパンの後ろポケットからフロッピーディスクを勢いよく取り出し、体の前に突き出した。
そのディスクを左胸に押しつけるとヒーローの腰にディスクのカバーのついているベルトが現れる。ディスクを持つ右手を右腰に当て、体を捩り左腕を斜め上に伸ばした。
体を逆方向に捩り、その勢いで腰のベルトにディスクを挿入する。
そのまま体を捩りディスクを持っていた手を斜め上に伸ばし、もう片方を左腰に当て両拳を強く握りしめた。
「Loading……Loading……」
ベルトから低音で無機質な電子音が流れる。それと同時にキィンキィンというような待機音も流れる。
「変身!」
ヒーローはギリギリギリと音が出るほど拳を強く握りしめながらありったけの声で叫ぶ。
するとベルトから、
「scan B」
といった音声と共に真っ赤な炎が吹き出した。
炎はすぐにヒーローの体を包み込む。すると、徐々に炎が薄れていき、中には装甲を纏った彼の姿があった。
太陽のように赤い装甲。胸には中心から体中に伸びている真っ白な回路がついており、左胸にはディスクを挿入するカバーのような物もついている。
腕は両方とも肘から白色であり、左手の甲には左胸についている物と同じものがついている。肘には二の腕方向に少し伸びている先端が尖った肘当てのような物も見える。
握りしめた拳で纏わり付いた炎を払い、そのまま怪人に向かって殴りかかるヒーロー。
それに応えるかのように怪人も空に向かって雄叫びを上げ、拳を握りしめながらヒーローに殴りかかる。
両者の拳がぶつかり合った瞬間……風船が破裂するような音が響いた。
「のぉわ!」
ミナトは驚いて飛び起き、辺りを急いで見渡した。すると、横に割れた風船の残骸が落ちていたのに気づいた。
「ミーくん!」
突然、ミナトの後ろから女の子の声がした。振り向くと、そこには肩につくぐらいの長さの綺麗な黒髪の少女と、茶髪の少し長めの髪をした少年が微笑みながら立っていた。少女は黒のセーラー服を身に纏い、首に赤いスカーフを巻いている。少年は一般的な学ランを着ている。
「ユイにヒロト……逃げよ」
そう言うと、ミナトは猫じゃらしの群れの中に駆け込んだ。その動きは迅速で、二人を捕捉した次の瞬間には移動を始めていた。
「あ! ちょっと! ヒーくん! 追いかけて!」
「りょーかい!」
少女は茶髪の少年に、ミナトに逃げられたからか強めに言った。茶髪の少年はそれを待ち構えていたかのように少女に言われた瞬間、ミナトに向かって飛び出した。
少年の足はとても速く、中の上レベルの足を持つミナトはすぐに追いつかれてしまった。
「ヒロト! ヒロトってば! 離せ!」
ヒロトという少年に首根っこを捕まれたミナトはユイと呼ばれる少女の元へ、文字通り連行された。ミナトは手と足をブンブンと振り回してできる限りの抵抗をしたが、相手が悪かったのか逃げることが出来ず次第に大人しくなった。
「さぁて! ミーくん。なんで私たちがここにいるのでしょーか?」
「さ……さぁ? なんででしょう」
ヒロトに連行された後、ミナトはユイの前で正座させられていた。
笑顔を浮かべるユイに対し、ミナトは軽く口笛を吹きながらごまかそうとする。
「あ、そうだ! 二人さ、さっきさ、どこにいたの? 周り見渡しても見えなかったんだけど」
少々、焦り気味のミナト。
「ミーくんの隣にあった木の陰に隠れてたんだよ。で?」
冷静に答えを返すユイ。
「てか、二人ともひどいよねぇ~。起こすにしたって風船は無いでしょ、風船は。第一、それで僕の耳が悪くなったらどうす……」
「ミーくん……?」
「ひゃい!」
論点をすり替えようとするミナトに対し、冷たい笑顔を浮かべるユイ。その時のミナトは、さながら蛇ににらまれた蛙のようであった。
「今、何時?」
ユイがミナトに対して問いかける。
ミナトはユイから一瞬だけ右腕の腕時計に視線を移した。
「はい、ただいま午後五時三十分です」
「よろしい。じゃあ、君が学校を抜け出したのは?」
あれ……? いつだっけ? 確か一限目終わって、二限目も受けて、それから……
ミナトは精一杯頭を使って思い出そうとしたが思い出すことが出来なかった。
「覚えてないかも……」
ミナトのその言葉に呆れたのか、ユイはフッと鼻で笑った。
「まったく、いつもそうなんだから……正解はお昼の十二時」
ユイのその言葉を聞いた瞬間、ミナトの顔は凍り付いた。
昼の……十二時……これは、やばいな。いつもの鉄拳制裁パターンだ。
「さぁ、覚悟は良いかしら? 学校を抜け出した悪い人は懲らしめないといけないもんね」
「あ……ああ、ごめんなさい! 謝ったら……許してくれない?」
ミナトは正座をしながら右手でユイを止めるように手のひらを向けた。
「だ~め」
ユイの右拳が稲妻のようにミナトの頭めがけて走る。鈍い音が夕暮れの秋の野原に響いた。