第九十八話 後手には後手の勝ち方が
重い沈黙が流れる。
ただそれはルーカスが導き出した答えだ。
あくまで予想に過ぎない。
そう思う反面、恐らくある程度の確証があって話したのだろうという考えも浮かぶ。
いつも控えめなルーカスが食堂に飛び込み、血相を変えて甲斐を探した。
その事実は否定できない。
ようやく口を開いたのはシェアトだった。
「……適当に言ってんじゃねぇだろうな……、冗談でも笑えないぜ」
「……冗談だったら良かった。時間軸や世界線と言われている物も付け焼刃だけど、勉強したよ。いい? 世界には独自の規則性があるんだ。それに僕達は普段から自然に従って生きている。この世界でのイレギュラーな存在はカイだ。彼女が現れたことによって確実に何処かのバランスが崩れている」
ルーカスの話を理解して聞いているエルガを見て、羨ましいと初めて思った。
理解しきれていないというのが正直な所で、一つずつどういうことなのか質問していきたいがそれでは話が進まないので黙っているしかない。
世界規模の考えなど生まれてこの方持った事など無い。
そもそも世界のバランスと言われても何を指しているのか、バランスが崩れたらどうなるのかシェアトにはちんぷんかんぷんだったし、少し床が斜めになるならそれはそれで面白そうだとも思う。
困惑しているのがシェアトの顔にありありと出ているのに気付いたルーカスは、どうにか伝えようと努力する。
「……といっても、この世界が壊れるっていうような話じゃないんだけどね。ただ起きるはずだった事が起きなくなったり、運命が変わるっていうとちょっと素敵に聞こえてしまうけど……現に彼女による影響はこの学校内でも大きいだろう?」
言われてみれば、思い当たる節はある。
最近はあのビスタニアの雰囲気が柔らかかったり、恐らく卒業するまでの間にここまで仲が良くなることはなかったであろうクリスとフルラがいつも一緒にいるのもそうだ。
フルラだって腹が立つ程のおどおどとした態度だったが、今はどうだ。
とても楽しそうに人の目を見て話し、よく笑う女の子になっていた。
クリスは本来、派手な女子グループでまるで人生楽しくやっていますと毎日主張し、周りからの評価だけで生きているような女子だったはずだ。
それが今は鬼の形相で怒鳴ってきたりと随分変わったものだと思う。
そしてそれは、自分もそうなのだろう。
あまり人に深入りするのは性に合わなかった。
その場その場で一緒にいられて、今が楽しければそれで良かったのに。
いつからこんなに変わってしまったのか、これも間違いなく甲斐のせいだった。
この二人だってそうだ。
エルガがそもそもこんなに甲斐に、というよりも女子に入れ込むとは思いもしなかった。
あの態度や言動は冗談だと思ってはいるが、何故ここまで甲斐に固執するのか。
その理由はまだ分からない。
ルーカスも、面倒そうな事はなるべく避けて生きていくタイプだった。
ビスタニアに絡んでいる時だって、見て見ぬ振りをしたり、問題にされないようタイミング良く制止をしたりと上手く立ち回っていたのに。
だから、ギアに歯向かったというのを聞いて、カイが日本に強制送還されたことと同じ位驚いた。
いつの間にかカイは、こんなにも皆を変えてしまったのか。
影響が無いと言い張るのは無理なようだ。
「……この世界にルールがあるとして、聞いてね。何もかも同じ物は存在しない。その中に異質な物が突然入り込んだ。しかしそれは元々あった物に酷似している。……同じといえるだろう。そうなった時、世界はどう動くのかが問題なんだ」
「片方を、消すだろうね。それが決まりなら」
エルガは即答、だった。
何も言えぬまま貧乏ゆすりをしているシェアトを一度見た後、ルーカスは頷く。
「僕もエルガと同じ意見だ。この根拠が気になるのなら知書室に考えの元に出来る本が何冊かあったから読んで来てもいい。僕は万が一の事を考えて貸出履歴を付けない様にその場で読んでいたけど、それもいつからかは分からないけど気付かれていたんだろうね。だからきっと、僕に怪しまれないよう冬期休暇の前日まで待って、僕が知書室にいるのを見計らってカイをあのタイミングで日本へ送る事を決めたようだ」
ということは、最初から完全にルーカスの思考を見抜き、どう動くかまで読まれていたのだろう。
そしていよいよ結論が大詰めに迎えるであろう今夜、先手を打たれてしまった。
「でもよ、もうこっちに来て数ヶ月も経つのにカイに異変は無かったぜ?」
「それは考えてみたけど、突然消されてしまうような仕組みならそもそも無事にここへ来れなかったでしょ? ……ただ確実にこっちの世界のカイと彼女を会わせてはいけない。消されるのは絶対に、異物である彼女の方なんだから」