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第九十五話 さあ、いってらっしゃい

 心臓が、痛い。

 

 喉の奥で血の味がする。




 こんなに全力で走ったのはいつぶりだろうか。

 自分の体力の無さに嫌気を覚えながら、まだ食事中であろう食堂に飛び込み、入り口付近に陣取っている女子の目線を気に留めずに探す。

 見つけた、よりによって教員達の近くの入り口から遠い席だ。

 席と席の合間を縫って急いで近付いて行く。


 この広い食堂が、心底嫌いになりそうだ。




「なんだ、ルーカス。やっぱりお腹が空いたのね、飲み物何にする? ……ルーカス?」





 息が上がり切って、額から汗が落ちているルーカスの耳にクリスの声は届いていなかった。


 甲斐がいない。


 異様な雰囲気に気付いたシェアトが立ち上がってルーカスに近付く。



「どうしたんだよ? なんだ、落ち着けって」

「カイは……カイはどこ?」

「あ?カイならさっき急ぎで日本に行く事になったみたいだぜ。ギアに連れて行かれたけど」

「ダメだ! 止めないと!」


 声を荒げたルーカスに、思わずシェアトもたじろいだが腕を掴まれた。

 その手は熱を溜め込み、掴まれている場所が熱い。




「どこに!? スポットは!?」




 いつもと違い、喚き散らすルーカスの目は真剣だった。

 たじろいだシェアトは何も返せずにいるとエルガが食事を切り上げ、立ち上がった。



「本当にさっきだから、手分けすれば追いつけるかもしれないね。カイは一応厚着をして来ると言っていたし」



 三人が食堂を飛び出して行く前に、クリスが事情を説明しろと何度も言ったが無視を決め通された。

 断片的に分かったのは、とにもかくにも甲斐の日本行きを止めなければならないという事だ。


「……私達もカイを探しに行きましょ。ギア先生だから私は心配無いと思うけど、あのルーカスの様子だと何かあるのかも」


 紙ナプキンで口元を拭いてスカートを払い、立ち上がる彼女の声は真剣だった。

 フルラも眉を上げて、クリスの後に続いた。













 ルーカス達は女子寮には入れないので、普段外出する時に使用しているスポットを手当たり次第にあたっていた。

 混雑を防ぐため、敷地内にはいくつもスポットが設けられている。


 地面に魔方陣の焼印がある場所がスポットなので見れば分かるのだが、それがどこにあるのか全てを把握している生徒はまずいないだろう。


 本来特別外出許可が下りるのは普段であれば緊急時、長期休暇であれば帰省用と決められている。

 緊急時は家族に渡されている緊急連絡用の伝達魔法がかけられた書面があり、それに書いた内容が教員に伝わるようになっている。


 外出時は緊急の場合はそこから近いスポットを教員が選び、すぐに生徒を飛ばしてもらえるのだがクリス達のように許可を貰う場合は、その際に開錠スペルを覚え、どこのスポットに何日の何時に行けば良いのか指示を受ける。

 その為、まだ何回かしかスポットを使った事のない三人はしらみ潰しに探すしかないのだ。



「くっそ、どこ行ったんだ……! 南側いねぇぞ!」



 基本的に禁止されている通信系の魔法の中で、外部と接触が出来ない微弱な無線魔法を使い、離れた場所からシェアトは二人に怒鳴る。



「東もいなそうだ、カイの気配も匂いも無いよ……。ルーカス、西はどうだい?」

「……今、西館に着くよ……。くそ、僕が……僕が気付くのが遅かったから……!」


 ルーカスは自分の目を疑いそうになった。

 西館から楽しそうに笑うクリスとフルラ、そして甲斐とギアが揃って現れたのだ。

 部屋から取って来たのか、暖かそうなフード付きのグレーのダッフルコートを着ている。




「……カイ!」




 ルーカスのその声は離れた二人にもしっかりと届き、合図のように即座に走り出した。



 こちらに気付いたギアの足元が青く光ったかと思うと、その光が甲斐の足元に忍び寄り、そして線が次々と繋がり、スポットの魔方陣が完成した。


 傍にいたクリスとフルラが弾かれ、倒れる。

 できる攻撃魔法は少ないが、ルーカスはすぐに発動させた。


 この一連の流れに誰よりも驚いたのは甲斐だった。

 まだ何が起きているのか全貌は分からないが、友人二人が倒れ、一人はここから助け出そうと攻撃を仕掛けているこの光景の意味は分かったようだ。


 体当たりしてみるも魔方陣の縁から柱状に空高く青い光が昇っており、脱出出来ずに反対側に倒れ込んだ。

 ルーカスのやっているように何度も目の前を塞ぐ壁に攻撃魔法を当ててみるが、傷一つ付かない。



「友達の見送りがあって良かったですね、ではいってらっしゃい。お元気で」



 甲斐の姿が光で見えなくなる直前、ルーカスは甲斐の口が動くのを見た。








『いってきます』








 そう、彼女は最後に笑って言った。

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