第九十四話 今夜、発ちます!
冬期休暇が翌日に迫り、夕食の前に生徒達の前に久しぶりに姿を見せたランフランクはその声を一帯に響かせる。
「今年もよく頑張った。これは心からの言葉だ。大いに学び、友を作り、豊かな心を育んだだろう。そしてそれは力に変わるだろう、しかし鈍らせるな。常に高め、自分を持て。さて、今年も一人も欠ける事の無い優秀な君達は明日から冬期休暇に入る。各自、滅多に無い機会だ。帰省をするなり、寮に残る者は普段と違う過ごし方をするなり羽を伸ばすがいい」
食事が始まると、それぞれの予定を話し合っているようだ。
寮に残る者は少ないながらも、数日外出する予定がある者が多く楽しそうだ。
校内は十二月に入った時点からクリスマスムードに包まれていた。
どこを見てもリースや演奏をしている小さな人形の音楽隊などで溢れている。
各寮のロビーには大きなクリスマスツリーがそびえ立ち、その飾りつけも寮ごとのシンボルマークをふんだんに使った物となっていた。
しかしそんな中で、しょっちゅう甲斐が歩いているジンジャークッキーマンを頭から容赦なく食べてしまい、それを目撃したフルラがその度に泣いているのに、いい加減クリスがうんざりしていた。
「……結局ルーカス、来なかったね。もう、迎えに行く」
「ほっときなさいよ、子供じゃないんだからお腹が空いたら自分で来るわ」
空いている席を見つめ、寂しそうな声の甲斐をぴしゃりとクリスが止める。
「どうせまーた本読みに行ってんだろ。あいつ文字フェチとかじゃねぇだろうな……? このPのフォルムがたまらねぇとか言い出したら距離置くぞ」
「レディの前でよくそんな下品な事を口にできるものだ! 僕の耳が腐ったらどうしてくれるんだい?カイの癒しボイスが聞こえないなんてそんな人生に意味なんて無いよ!」
「カイちゃん、どうしてお箸をエルガ君の両耳に向けてるの……? え? 突き刺そうとしてるの……? や、やめてやめて! エルガ君も何笑ってるの!」
そうはいっても、やはり気になるものは気になるのだ。
「ま、でもちょっと見て来るよ。やだね~、見境なくハマっちゃう人って」
立ち上がろうと椅子を後ろに出した時に、人にぶつけたような感触を感じた。
振り返ればギアが猫背気味に立ったまま、甲斐を見下ろしていた。
その姿は不気味そのもので、真横にいるシェアトが口に含んでいたフルーツパウダーをまき散らした。
自分の皿だけを高い位置に持ち上げたまま食事を続けるエルガは、前から気付いていたようだ。
「げはっ、囚人先生何やってんだよ! 驚かすな!」
「……囚人先生? 彼は一体誰に言っているのだろう、しかしこの付近には私しか教員はいないはず……ああそうか。私の着ているこの白黒ボーダーからあだ名を付けたのかもしれない。だがそれともまさかもしかして。私の今までの経歴を全て彼が知っているとしたら……? その確率は無いとも言い切れな―――」
最早聞く価値は無い。
シェアトが拳を握り、甲斐とアイコンタクトを取った。
「よし、もう殴る!」
「俺は蹴りでいくぜ!」
「あああああルーカス君戻って来てえええ! 今すぐううううう!」
「もう、座ってほら! ギア先生、カイに用事ですか?」
思考の波をようやく止め、この状況を見渡したギアは腕にフルラがぶら下がっているにも関わらず今にも殴り掛かりそうになっている甲斐を見てやっと目的を思い出したらしい。
「そうでした、カイさん。出発しますよ」
「……まさかとは思うけど……ドコヘデショウカ」
「日本です。急に決まりました、今発ちます。今です。何か持っていくものはありますか?」
おかわりしたフルーツパウダーをシェアトは懲りずに再び口いっぱいに含んだが、またも驚いた拍子にテーブルにまき散らし、向かいのクリスのシャツをフレッシュな色に染め上げたが反応している余裕は無いようだった。