第九十三話 お手伝いしましょうか
ここ半月ほど、ルーカスは暇を見つけては知書室へ通っている。
興味がある分野が出来たと言ってはいるが、夕食後もほぼ一緒に行動しなくなってしまった。
「また知書室行くの……? 霊に呼ばれてるとかじゃない?もうそうとしか思えないような頻度なんだけど……」
「うん、そうなんだ。あそこは閉まる事が無いから便利なんだよ。寮に戻るのきっと遅くなるから」
そして今日もやはり知書室へ行ってしまうようだ。
以前にランフランクに会いに行った話をした際に、クリスとフルラへ話すのを口止めされた事も力を込めて三人に話したが、仕方がないと全員から案外大人な反応をされた甲斐はまだ納得がいっていないようだった。
それよりもあと一週間で冬期休暇という事もあり、生徒達はどこか浮ついている中でルーカスが文学に目覚めてしまい、シェアトからしたらこの問題の方が納得がいかないらしい。
「友情よりも本を取るのかよお前は……! あの中によく入れるな、俺はあそこに二時間でも入れられたら発狂する自信あるぜ」
「シェアトはもう少し本を読んだ方が良いと思うけどね! 連れて行ってもらったらいいんじゃない?」
舌を出して吐く真似をしたシェアトにクリスが食事中だと怒っている。
そんな間にもルーカスは急いで皿の上を片付けると、挨拶もそこそこに行ってしまう。
もしかしたら彼女が出来て密会しているのではとクリスが疑うので、皆で一度尾行をしたことがあったが、知書室の成績優秀者のみが入る事が出来る資料室に一人で入室して行ったのをその場にいた全員が見ている。
「でも、何にそんなに熱心になっているのかしら。エルガ、貴方あそこに入れるでしょう? 様子見て来てよ」
「面白い冗談だね、クリス。僕が興味があるのはカイについてだけだよ、知らなかったかい? ルーカスが例えあそこでいかがわしい事をしていようが、ノープロブレム。ご自由に、さ」
「い、い、いかかかいかがわしい事って!?」
鼻息荒くフルラが続きを要望する。
「最近フルラ、本性出て来たよね。戯言に食いつかないの」
そんな噂をされているのを知らずに、ルーカスは今日も資料室にいた。
薄暗い中で次々に読んでいない資料を腕に積んでいくと、急に声を掛けられた。
驚いた拍子に抜きかけた本が床に落ち、声の主の足元へ飛んで行った。
「……すまない、最近よく姿を見かけるから何か探しているのかと思ったんだ。うるさいのもいないようだしな」
本を拾いあげてくれたのはビスタニアだった。
ルーカスへ渡そうとした時に表紙の文字が目に入り、伸ばす手を止めた。
「……『全世界における異常現象記録集』……? オカルト方面が好きなのか?」
胡散臭そうだと言わんばかりの声でルーカスの腕に積まれた本の上に乗せると、背表紙を見て驚いている。
僅かだが、ルーカスの微笑みが硬くなった。
「……『時間軸の概念』……『平行世界』。……何か、悩んでいる事でもあるのか?」
「いやいや、違うんだ。ちょっと考えてみたら面白くて。ナヴァロ君を僕はあまり見かけなかった気がしたけどいつもどこにいたの?」
「……俺は普通に向こうにいるが。大体本を探しているときに君が入って行くのを見ていたから、棚に隠れて見えなかったんだろ」
「そういうことか、驚いたよ。ちょっと読んでから戻ろうと思っていたけど……ダメだな。なんだか今日は疲れているみたいだ。またにする」
硬い笑みを浮かべても、ビスタニアのルーカスに対する表情は和らがなかった。
「借りて行かないのか? 冊数制限に達しているなら俺が借りてやってもいいが」
「うん、荷物が増えるのは好きじゃないから。ありがとう、ナヴァロ君。あんまり夜更かしし過ぎないようにね」
声を掛けてしまったのを後悔した。
気が向いた夜に訪れるといつも彼が後から入って来て、目の疲れを感じて寮に戻ろうとする頃でもまだ資料室から出て来ないのが最近のパターンだった。
単純に何をそんなに熱心に探しているのか、興味があったのだ。
だが、あの様子を見ると余り知られたくないようだ。
それにしても彼が単なるオカルト好きとは考えにくいが、あのラインナップはどうにも気になる。
そして借りて行かない所を見ると、あのうるさい奴らにも見られたくないのだろう。
考えても分からないが、これ以上詮索して彼がここに訪れなくなっても可哀想だ。
「……それにしても、あの馬鹿共の足りない部分を全て持っているような奴だったな……」