第八十七話 みんなでオールは怖くない
「終わったあぁ……つ、疲れたぁ!」
二日目の夜、久しぶりに六人が顔を揃えたのは月組の寮だった。
まるでテストが全て終わったかのような開放感に満ち溢れているフルラと、それに同調しているクリスを見て甲斐は腑に落ちない顔をしている。
「まだだよー? 明日もあるんだよー? あ、そういうことじゃない? テストの点数的にもう人生終わったって事?」
「ちょっとカイ! なんてこと言うのよ! まだよ、まだ分からないわ!」
クリスはバシバシと机を叩いて抗議している。
「発表は明後日、全科目の総合順位が出されるの! それも各寮のロビーに……。組ごとの順位と総合順位がね……! だからそれまでは人生終わってないわよ!」
「ほら、甘いものでも食べて元気出そうよ。それに明日あるテストは全部実技だからね。筆記試験は今日で終了!」
口に何かを放り込みながらルーカスはクリスに笑いかける。
「ルーカスがさっきからポップコーンみたいに食べてるそれって只の角砂糖だよね? ダイレクトすぎない? ……て、今実技って言った?」
甲斐の言葉に、ルーカスはただにこりと微笑んだだけだった。
シェアトが甲斐の頭を軽く叩く。
「なにとぼけてんだよ、スケジュール何回も見てたじゃねぇか。明日は俺らの一講は『攻撃魔法・応用』ってちゃんと書いてあんだろ。それ以降からは『魔法力調整操作技術』・『攻撃魔法・破壊』…全部実技だろ」
「……それは知ってたけど……あたし、てっきり 詠唱スペルを正しく書きなさいとかの筆記試験だと思ってて……。だってそこに実技とか書いてなかったじゃん……嘘……!」
今度は甲斐が絶望の表情を浮かべた。
「全く、おちゃめさんだなカイは。僕以外の前でそんな隙を見せたら危険だよ、その困った顔も魅力的だからね」
エルガのウィンクも、甲斐は非常事態だというのにやはり殺傷能力は高い。
「エルガ、ごめん。出来たら鼓動を止めててくれる? シェアト……どうしよう……。あたし基礎の攻撃魔法は大体出来るようになったし、詠唱の暗記はしたけど実戦の練習とか授業以外でしてないんだ……!お、お、お願い付き合って!出来たら今すぐ!」
困った顔をしている甲斐に必死で頼られ、頬が赤くなったシェアトは誤魔化すように大きな声で話し始めた。
「ったく、バカだな! なんで早目に言わねぇんだよ! ……まぁ、太陽組は俺しかいないしな! しょうがねぇなあ! 少しぐらいなら練習、付き合ってやるよ!」
「本当!? ごめんね、明日シェアトも試験なのに……。お礼はなんか考えとくから!」
「かっ、体でお礼だって!? 見損なったぞシェアト! カイ! その要求は断るべきだよ!」
シェアトに思いきり指をさして非難するエルガに、シェアトは頬を引きつらせた。
「鼓膜か脳のどっちかが仕事してないぞ、お前。よし、流石に応用の練習は外でやってくるか。じゃあ行くぞ」
その声に何故か全員が立ち上がった。
見送りかと思えば、クリスは手から指先に光を流す準備運動をしている。
「何よ、私達だって役に立つと思うわ。それに実技は練習あるのみ、でしょ? いきなり試験を受けるよりもいいんじゃないかしら」
「カイちゃん、盾は任せてね! 鉄壁だよぅ」
「おおおお……、友情パワーが目に見えるようだ……! そしてその優しさがあたしの中の申し訳なさを更に大きくしていく!」
「ちょ、なんでお前らまで……!? 頼まれたのは俺だぞ!?」
途端に不愉快そうな声を出すシェアトをなだめるのはやはりルーカスだった。
「カイが怪我するとは思いたくないし、あまり想像もつかないけど……君は力の加減が苦手だし、この前の授業の事忘れた? どっちかに何かがあったらいけないからね。明日の試験、出たいでしょ?」
「さあ、いざ行かん! カイの全試験合格を願って、僕と愉快な仲間達が総力を上げてサポートするよ! ちなみにだが、僕もカイの盾になるつもりでいるから安心したまえ! 最悪、明日は僕が替え玉にでもなればいいさ!」
「そういうだだ漏れてくる妄想は無視していいか? いいか、付き合ってやるから出来るだけ早く覚えろよな!」
口でそうは言っても、甲斐が試験の合格ラインに達するまでは決して練習を終わらせないだろう。
疲れを出さなかったのは、シェアトだけではなかった。
それぞれが自分の練習を終えると甲斐のサポートと応援に回った。
そして全ての出題範囲の攻撃魔法の調整と、魔法の発動時間の短縮が終わったのは夜が帰り、朝陽が息を止める程の美しい空を連れて来た辺りだった。
雲も、空も、そしてこの空気さえも自分達だけの為にこんなに輝いているのではないかと思える位、静かに色に染まっていた。
完全に陽が昇り切るまで、誰一人として声も出さずにこの全てを見つめていた。
だがそれでも、気持ちを口に出さずとも十分だった。
黙っていると少し冷える体も、白い息も、冷たくなった指先も。
深く吸い込むと鼻の奥が痛むこの早朝の秋の匂いも、この目に焼き付けて逃がしたくない景色も、今この瞬間に共有しているのだから。