第八十五話 不正かなんて誰が決めた
とうとうこの日がやって来てしまった、テスト初日である。
なんやかんやと昨夜は皆食事を終えると自然に部屋へ戻り、各自で最後の悪あがきをしてみた。
今日から三日間、全ての時間がテストとなる。
昼食を挟むものの、一日中初日と同じ組別に分けられ、各自指定された教室の同じ席で受け続けるのである。
朝食時も教科書から目を離さず、ろくに話もしない生徒が多い中で甲斐のいるテーブルではフルラだけが必死に暗記しており、他のメンバーは皆いつもと変わらぬように振る舞っていた。
「はいタイムアップ。覚悟を決めて行くよ、そんな数分で点数上がる訳無いんだから」
「ううぅ……不安だよぅ……。カイちゃんは自信ありげでいいなぁ」
背中を叩いて元気付けると、エルガがフルラを連れて颯爽と歩いて行く。
あの異常な余裕が更に周囲の雰囲気を苛立たせるのだろう、とエルガと同じ教室の者へ少しだけ同情した。
完全に寝不足なのはクリスで、朝食もほとんど食べずにバターナイフを持ったまま眠っていた。
ルーカスは自分でまとめた単語帳を軽くチェックしてから彼女を起こすと教室へ向かって行った。
「さて、行くか。げっ、最初っから面倒なテスト入ってるな。チッ、あーくそまた忘れた。セント・ダージニス……、ジャンキャッツ……」
全寮、同じ授業があるものは同じ時間にテストが行われる。
まずは『魔法律・Ⅱ』である。
暗記していけばいいのだが、範囲が広く、また条文が長いので穴を埋めていくのに苦労すると言われている科目だ。
教室に着いてからもぶつぶつと目を閉じて魔法律を制定した人物の名前を繰り返しており、監督教員が入って来てようやく口を閉じた。
問題用紙と解答用紙が宙を舞って全員に行き渡ると、学校中から大きなベルの音が鳴り響いた。
思わず悲鳴を上げかけた甲斐を置いて、一斉に問題用紙を捲っていく。
どうやら今のベルが開始の合図だったらしい。
スタートが遅れたが、確実に問題を解いていく。
試験時間は通常の授業時間よりも短縮された一時間だ。
「(あれ、こんな条文あった……? ああ、そっか……これはきっと)先生、あたしだけテスト用紙違うみたいなんですけど。 見たこと無い条文があります」
片方の眉を上げてロボットの様な動きでこちらに来るのは、魔法律が全て頭に入っているという超人的な教員のロウだ。
スキンヘッドに滅多に変わらない表情で、いつも口元のみが動く特徴的な先生で甲斐の問題用紙を見るといつもと変わらぬ口調で言った。
「ミス・トウドウ、確かに君はこの条文を見たことが無いかもしれない。というのも、この条文は先月の二週目に私は授業をしたんだ。君もあの日あの時間、確かにいた。だが、君はその時昼食後の眠気と戦う為だろうか、時間いっぱい自分の手のひらに何度も何度もペンを突き立てていたのだから。君が私の授業で奇行があったのはその時のみだ、他は分かるだろう。続けて」
「(ったく、バカかよ……)」
シェアトは呆れた顔をして、堂々と手を上げた。
「先生、俺の問題用紙こそ本当に間違っているみたいです。全て見た事が無い条文なのですが」
ロウは次に申告のあったシェアトの元へ、ロボットのように素早く向かうと口早に告げた。
「やあ、ミスター・セラフィム。私もこうして起きている時の君を授業中に見た事が無かった。会話が出来て嬉しいよ。さあ答えは出たな、続けろ」
甲斐はロウに言われた通り、その条文問題を飛ばすと他は記憶にあるものばかりだった。
軽快にペンを走らせていく甲斐と、机の上でフリーズしているシェアトの結果がどうだったかは、火を見るよりも明らかな気がした。