第八十四話 知らない事を知る事
「ちょっと、フルラ! そんなにどんどんお菓子頼まないでよ、教材が広げられないじゃない!」
「えへへ……ちょっとだけだから。それにみんな、食べるみたいだしいいかなってぇ……」
席に着くなり呼び鈴を押すと、パステルカラーのアイスやスパークマシュマロを次から次へと天使に頼見出し、続々とテーブルがお菓子で埋まっていく。
それに抗議したものの、教科書を広げようとしているのはクリス一人だけだった。
甘党なルーカスは嬉しそうにグラスに入っている空色のキャンディを口に入れては噛み砕いていき、お代わりを注文した。
唯一彼女と同じように顔をしかめているのはシェアトだったが、彼は嫌いな勉強に挑むよりも苦手な甘い匂いに包まれている方がまだましな様だった。
飲み物はエルガだけがコーヒーで他はホットティーだが、砂糖とミルクに目もくれず、優雅に香りを楽しんでいる様子を見ると彼だけは試験前に余裕たっぷりのようである。
甲斐は教科書を片手に、適当に手を伸ばして菓子を食べているが、それがとても美味しかったらしく、目を丸くして今食べたお菓子を探すが、全く目星が付かないらしくやがて諦めてまた適当に食べ始めた。
「……あ、そ。いいわよ、別に! 休憩なら休憩って言ってくれたら良いじゃない、もう。そういえば……フルラって最近モテてるわよね」
意地悪な声で話を振られ、当人は久しぶりに耳まで赤くなるとその拍子に両手に持っていたビッグ・ビッグ・ビスケットをバキンと二つに割ってしまった。
その様子にシェアトが待ってましたとばかりに話に加わる。
「おい、ルーカス。こっち向いて食うな、お前全体からソーダかなんだか知らねぇが甘ったるい匂いが出てて気味悪ぃ。おい! おチビ、モテ期か? モテ期なのか? なぁ、気になる奴とかいんのか!?」
「い、いえあの、わ、私なんて……全然……そんな……」
「そんな、なんだよ? つーか、そうだよな。気弱そうな顔してるけど最近大分ましになったしな。……そういうお前は最近モテねぇから僻んでんじゃねぇの?」
どこか嬉しそうにクリスへの嫌味を言うが、確かにそれは事実でもある。
クリスは以前は目立つグループだったのと共に、明るく優しく常に笑顔がトレードマークとなっており、男子の心を掴んで離さなかったのだが最近はめっきり誰からもお呼びがかからない状態だった。
それもそのはず、甲斐と仲良くなってからは本来の自分の姿を取り戻したかのように強い女性になっていた。
目撃される彼女の姿はシェアトに対して激怒していたり、夜叉般若の如き表情で彼に睨みを利かせていたり、どこか口うるさい姉のような印象が強くなってしまい、いつしか男子生徒からの人気は薄れてしまっていた。
「あらいやだ、そんな下らない事気にしたこと無かったわ。どっかの誰かさんと違って、異性関係で変な噂が立つよりよっぽどましじゃないかしら?」
シェアトは最近こそ何も言われなくなったものの、一時は不名誉な噂が立ち、一部の女子からはかなり避けられていた。
それもこれも、別れ方が酷い等といった本人の責任の問題で被害者も少なくなかった為、言い逃れは出来ないのだが。
「何、シェアトって女泣かせなの? こんなにヘタレなのに?」
「うるせぇよ! そういうお前はどうなんだよ!? ……まぁ、聞かなくても分かるがな。カイみたいなお子様体系のぶっとび少女じゃあモテるモテない以前のもんだエルガああああああ!」
お代わりしたての熱々コーヒーを、シェアトの頭の上でカップを逆さにすると面白い程の反応速度でエルガを睨みつけながら椅子から転げ落ちた。
「おっとすまない、自分の口と間違えてしまった! だが、レディに……しかもよりによってカイにそんな失礼な事を言ってはいけないよ!」
「人様に熱々のコーヒーをぶっかけてはいけないよおおおお! なぁあ、自分の口と間違えたってのが本当ならしばらく治療受けた方がいいぞテメエエエ!」
「それにカイと話してみたいっていう身の程知らずの男は結構いるんだよ。まあ埃ってどこにでも存在しているし、何よりカイが素敵なレディだから仕方がない事なんだがね!」
悪びれもせずにエルガが言い放ったその一言は、時を止めた。
「え、エルガ……? その……男の子達は……どうなっちゃうのかな? そもそも何故そんな事君が知って…」
ルーカスが皆を代表して聞いたが、初めて聞く情報にこの場の空気が凍り付いた。
「ルーカス! 埃はまめに掃除しないと! そうだろう? それに見えない場所も念入りに掃除しないといけないから大変だよ! ははは、おやどうしたんだい皆?」
そこからの勉強は、とてもよく捗った。
そして中でも甲斐はここにいる間は少しでも多く、早く高等な魔法をマスターしなければならないと心から思った。