第八十一話 秘密のティーパーティ
最近、エルガの様子がおかしい。
気が立っている、という表現はどこか的外れだ。
表情がどこか張り付けた仮面のように感じているのは自分だけなのだろうか。
何度か軽く具合を聞いてみたのだが、髪の調子が悪いとか甲斐と話した回数が少ないのだと言ってかわされてしまい、確信は得られなかった。
だが、どこかが今までの彼とは違うような気がして仕方が無かった。
「クリス、最近のエルガは少し変わったと思わないかい?」
「あら……そうかしら? 相変わらず飽きもせずにカイに猛アピールしてるわよ? それ以外は私は分からないけど。二人で話すなんて事滅多に無いから」
「あはは、そうだよね。じゃあ僕の気のせいかもしれない」
笑って話を流そうとしたが、今度はクリスが逃がさなかった。
「……ルーカス、貴方こそ変だわ」
「そ、そうかな? ちょっと気になっただけなんだけど……」
ぐっと顔を近づけられ、思わず身をのけぞらせてしまった。
彼女からすると特に何も考えずにしている行動なのだろうが、こちらからすれば緊急事態なのを分かっていないらしい。
移動も授業も同じ星組なので必然的に彼女と過ごす時間が増えたが、こういった行動にはまだ到底慣れそうにない。
「ええ! 変よ。だって友達なのに直接聞かないなんて! 私はエルガじゃないわ。気になるならエルガに聞いたらいいんじゃないかしら?」
そして、クリスはやはり甲斐の友人だ。
彼女はこちらがたじろいでしまうほどに真っ直ぐだった。
以前のように、相手の顔色を伺っていた彼女はもうどこにもいないのだ。
友人達と、心を開き合えなかった経験を踏まえて言っているのだとクリスは大きな瞳に力を込めて伝えてくれているようだ。
「はっ、はは……! そうだね、本当に君の言う通りだと思う。直接聞いてみるよ、ありがとう。多分朝食にもいなかったからまた寝坊してるんだろうし、いい機会だ。聞いて来るよ」
バッグごとクリスに渡すと、そのまま来た道を引き返し、月組の寮へ急いで向かう。
残された彼女は鼻から長く息を吐き出しながら、増えた荷物を肩に掛けると流石に重いのか重心が傾いた状態で教室へ向かって歩き出した。
やはり、エルガはまだ寝ていた。
不用心にも鍵はかけられておらず、いつものように手が痺れるほどノックする必要も無く部屋へ入る事が出来た。
丸く全てが布団に包まれており、金色の髪の毛だけがはみ出している。
ベッドに腰掛け、はみ出ている髪の毛をつんつんと引っ張ると呻き声が聞こえた。
「エルガ、エルガ。起きて、もう完全に遅刻だから」
「うぅぅ……やめてくれないか……。僕の髪の毛に触っていいのはカイだけだ……」
「はい、おはよう。ちょっと君に話があるんだけどいいかな」
布団からようやく顔を出したエルガは寝起きでも綺麗な顔立ちのままだった。
しかし起き上がろうとはせず、そのまま頷いたので寝そべったまま話を聞く気らしい。
「……エルガ、最近何かあったんじゃない?」
「どうしたんだい、君らしくない。僕が心配で授業を休むだなんて、まさか僕の美しさに魅了されたんじゃないだろうね」
「やっぱり君とちゃんと向かい合うのには苦労しそうだ、少しだけ僕と話してくれないか?」
その言葉にようやく上体だけを起こしたが、まるで品定めしているような、細く愉快そうに弧を描いている瞳には光が怪しく揺れ、やはり口元は笑っている。
はだけたバスローブからは真っ白な肌が見えており、髪の毛が時折揺れるのが妖艶さを更に強調していた。
出会ってから、エルガは掴み所の無い人間だと感じていた。
彼と真正面から向き合うのも正直な所、これが初めてだろう。
「僕もはっきりと言えないんだ、でも君の様子が少し前からおかしいのは分かってる。何も問題無いならいい、でも何かあったなら話してほしい。……友達だろ?」
「ああ、友人って素晴らしいね! 僕は何て幸せ者なんだろう、世界中に叫びたい気分だ!」
普段の調子で言うエルガを前に、ルーカスは固まっていた。
不思議な空気を敏感に察したのだろう。
「さて、僕の様子がおかしいという話だがルーカスは鋭いね。前にも何度か僕に聞いてきたろ?そして今回は逃げ場を消したわけだ。参ったよ、降参だ」
枕を抱いて起き上がると、とても楽しそうな口調で付け加えた。
「長くなりそうだ、飲み物を用意しよう。朝から友とティータイムなんて優雅じゃないか!」