第七十九話 強制召還システム
授業も全ての教員の名前と顔が一致するまでになった。
どの教員も甲斐の事情を知っている為非常に協力的であり、学業に関しても気にかけてくれている。
教室に向かっていると後ろから足音が追い掛けて来たので、振り返るとシェアトが走って来るのが見えた。
待ってやろうと立ち止まった時に、初めて見るドアが有る事に気付いた。
ここは本来そのまま階段に続いているはずだが、何故かドアが出来ている。
横から行くにも甲斐の肩の高さまで手すりがあるので、乗り越えるにも難しい。
余り深く考えずに開けてみると、体が中へ強く引かれ、ドアが閉まった。
一部始終を見てしまったシェアトは、全速力で甲斐が消えた場所へ走ったが何も残っていない。
ドアも、甲斐も、そこには何も無かった。
「……はぁ、はぁ。嘘だろ、……消えるとか……。おいおいまずいぞ、まずい。これがばれたらどう考えても俺のせいだって 理不尽大魔王のエルガとクリスが悪魔の審判始めちまう…! そもそも魔法の痕跡も残ってねぇし……ああもう勘弁してくれよ!」
急に階段の方へ歩き、そして一瞬の内に消えてしまったようにしか見えていないシェアトは一人、どうする事も出来ずにその場でうろついていた。
「もう目を開けても大丈夫だ。すまないね、声をかけるタイミングを計りかねてしまったのでこちらから招待させてもらった」
一方で様々な言語の文が周囲一体に世界中の色を集めたようなカラフルさで並んでいる中を、強制的に前へかなりの速度で進んでいた甲斐は途中で酔いかけてしまい、移動が終わった今も硬く目を閉じてたままだった。
ランフランクの落ち着いた声を聞いて、ようやく目を開けるが目の端には自然と出ていた涙が溜まっていた。
「……こういうのマジでやめてもらっていいですか……。朝食べた物が入り口から出て行ってしまう……」
「相変わらずで安心だ。中々訪ねて来てくれないものだから、痺れを切らしてしまった」
ランフランクに言われて思い出したが、一度食堂で会った時に鍵を貰っていた。
もしかしたら無くしてしまったかもしれないと思いつつ、こっそりポケットに手を入れると確かに鍵が入っていたが、秋冬用のジャケットに変えたのは最近だ。
恐らくお手伝い天使が前のジャケットと交換する際に入れ直してくれたのだろう。
「その鍵は落としても君の元に帰って来る。今日までに君は八回落としているな……帰って来ない物まで落とさないように気を付けたまえ」
「ああ……早く人間の皮膚の中に沢山物が収納できる時代になればいいんですけどね」
最近、教員達の食堂への入場にランフランクが見当たらなかったが久しぶりに見ても何ら変わりは無かった。
もしかしたら休暇を取っていて日焼けをして戻ってくるのではと密かに期待していたが見事に外れたようだ。
シェアトに賭けを持ち掛けなくて良かったと思う反面、何用で呼ばれたのか見当がつかない。
「さて、本題に入ろう。私もしばらくの間元の世界について何か情報が得られないかと、信頼のおける知人をあたって回ったが皆、渋い顔をしてしまってな。それでも結果を報告するのが責任だ、残念な報告となってしまい申し訳ない」
心臓か胃が、酷く締め付けられたように感じる。
何故体がこんな反応をしたのか、今沸いた感情を否定しながら甲斐は笑う。
「い、いえ……。ありがとうございます、知らなかった……あたしの為にそんな……。どうします? 靴でも磨きますか?」
「ありがとう、間に合っているよ。そこでだ。こちらの世界の日本への外出を許可しよう。……十二月の冬期休みに合わせてだが」
「こっちの世界の日本……そっか、あるんだった。えっ、でもあたしは行って何をしたら……」
「いやいや、何もしなくてもいいさ。それにもしかしたら何かの拍子に戻れる、なんて奇跡に近いものは信じてはいない。ただ、君は前の世界のと似た雰囲気を感じられるかもしれないだろう。私はこれからも諦めず、君に協力し続ける事を約束しよう」
それは恐らく、今出来ることをしてくれようとしているのだろう。
忘れないように、そして少しでも前の世界と繋がれる可能性を探せるように。
その気持ちが嬉しくてどう表現したらいいのか、分からないが甲斐をじっと見つめているランフランクには見透かされている気がした。
「さて、カイ。君が授業に遅れるという報告は担当教諭へ予め話してあるが、君の友人が必死に探しているようだ。上手く言い訳をしておくれ」
「シェアトだ! 忘れてた! 分っかりました~! ……宇宙人に捕らわれたとでも言っておきますね!」
目を瞑り、先程と同じように体が自然と引かれるが今度は背中からだった。
速度に乗り切る前に、ランフランクの声が徐々に小さくなっていく。
「今度は呼ばれる前に顔を出してくれたら良いのだが……。私はまだフェダインへは戻れていないが、鍵を使えば私はそこにいるだろう」
ポケットから落ちないよう上から鍵を押さえながら、前から進む方が楽だったと強い後悔の中で目蓋に次々に差し込む色を見ていた。