第七話 よろしくね、なんて
シェアトとルーカスはじっとその異様な光景を見たまま、小声で話していた。
「なんだあいつ……完全にクレイジーだぞ。これは何が起きたんだ……?」
「分からないけど……ホワイトレディを泣かせるような事したのかな……? でもここにホワイトレディがいるなんて珍しいね。いつも出歩いてるからほとんど見かけないのに」
「分かんねぇ……分かんねぇけど ホワイトレディってああやって泣くんだな。で、あの壊れたおもちゃみたいになってる女の子が話してた奴だよな、あのジャケットお前のだろ? それにしてもすげえカッコしてんな…。俺としてはもうちょっと……いや、もっともっと乳があった方が嬉しいけどな」
「とりあえず……あれ声かけてもいいのかな……」
すると、ホワイトレディが二人に気が付き、つられて甲斐も目線を上げた。
「あれっ、さっきの……! ……何故だーーー 卑怯だーーー!」
歩み寄ろうとしたが、シェアトとルーカスを認識した途端に甲斐が急いで駆け出してしまった。
甲斐の瞳に映ったのは、二人の顔の他に先程のレディの説明であった太陽のモチーフの刺繍だった。
『攻撃魔法専門』の文字が頭を駆け巡る。
そしてそのイメージ映像として浮かぶのは、内側から膨らみ爆発させられる自分や、火だるまにされ炭になり強風の魔法で外へ飛ばされるといったように実に最悪なものばかりだった。
「( 侵入者は殲滅する掟でもあるの!? 貧弱だけどいいやつっぽかったのに! 魔法の世界怖いわー!)」
「(卑怯!?)おい!? ……ぼさっとすんな、行くぞ!」
「(卑怯!?)う、うん……!」
レディは三人を不思議そうに見ていたが騒がしさが遠のいていくと、また最初の微笑みに戻り、虹を生んだ。
「待てって! おい! どこ行くんだよ!?」
外に飛び出していった甲斐の後ろを二人は追い掛けていく。
裸足でさほど運動に特化しているわけでもない甲斐に対し、二人はもう少しで腕を掴めそうなほど距離は縮んでいた。
「(これはいわゆる動くな、撃つぞ! ってやつ!? 脅しやがって…消されてたまるか…! 消されてたまるかーーー)」
素早く二人の方へ方向を変え、シェアトへ狙いを定めると腰目がけて飛び掛かった。
後ろへ倒れ込むシェアトを見てルーカスの口がぱくりと開いた。
「うおお消されてたまるかあああ!」
「てめえ! やめろ! いてて! なんなんだてめえ! 痛え! いたっ……ちょっ、おい! 痛ぇえ! いい加減にっ……くっ……かっ、勘弁して下さい……!」
「何謝ってんのシェアトーーー! どうしちゃったの!? カイも落ち着いて! 君もどうしたの!?」
馬乗りになってシェアトに蹴り・殴り・突きを繰り返している甲斐はようやく我に返り、その手を止めた。
「はあ……はあ……。え?弱っ……殺しに来たんじゃないの……?」
「殺しに来てたのはお前だろ……! 頭どうかしてんのかよ……!」
「……とりあえずシェアトは黙って。カイ、こっちは僕の友達のシェアト。シェアト、さっき話してたカイだよ。カイ、僕はただジャケットを返してもらいに来たんだ。君、足は大丈夫かい?」
落ち着いた声のルーカスが話しかけると、ようやく甲斐はシェアトの首から腕を離した。
「そういうことー! なんだ、てっきり消しに来たのかと思っちゃって……。はい、これありがとう。ごめんね、あの時も無我夢中でさ。そういえば、外を裸足で走るのって初めてだったけど意外となんでもないね」
何故か恥ずかしそうに笑いながらジャケットをルーカスへ手渡そうとするが、ルーカスは受け取ろうとしない。
「まだその格好でいたとは思わなくてさ。着替えて来てからでいいよ。それより足をちゃんと見せて。傷があるとまずいでしょ」
「はぁ……。俺らは二年だけど…カイは何年の組どこだよ、今日からつってたか?まあこの感じだと月じゃなさそうだけど俺のとこでは見たことねぇし……星か?」
二人の心配そうな目と優しさが痛かった。
このまま嘘を塗り重ねても、自分の性格的にも隠し通せる自信は無い。
ようやく甲斐は覚悟を決めた。
「……あー……ちょっと待って。あたし二人に言わなきゃならないことがあるんだ」