第七十五話 誠意があるなら今すぐ見せて
「で、あいつをお姫様抱っこで運んでったんだぜ! 笑えるだろ!? どうやら今まで俺はあの赤毛の性別を勘違いしていたみたいなんだが、それは俺だけか!? 本当にカイは最高だよな!」
目を細めて大声で話し続けるシェアトは泥だらけで、実践の結果は負けだったが、非常に上機嫌で夕食に参加していた。
いつものメンバーに今日の太陽組と月組の合同授業での内容を順に話し、皆甲斐の結果を興味深そうに聞いていたが戦いの内容を聞いていくにつれ、我慢が出来なくなったのかシェアトが話に割り込んで如何にビスタニアがボロボロになっていたかを面白おかしく話していた。
思わず周囲のテーブルの生徒もつられて話に耳を傾けており、シェアトの語り口調にどっと笑いが起こった。
ダンッと強くテーブルを叩く音に驚き、皆が一斉に静まり返る。
急に立ち上がったクリスは真っ赤な顔をして、シェアトを睨みつけた。
「やめなさいよ! 彼は怪我をしてまでカイを守ってくれたんじゃない! それをこんな言い方で……冗談のつもり!? 貴方達も何が可笑しいのよ!?」
「流石にあたしも怒っちゃうよ、シェアト。頑張った人を馬鹿にするような人は嫌いだな」
珍しく甲斐も静かに批判すると、身を乗り出してシェアト達のテーブルに集まっていた周囲の生徒は自分のテーブルへ向き直り、散っていく。
しばらく彼らの背中をクリスは腰に手を当てて睨んでいたが、全員が着席したのを確認すると腰を下ろした。
「カイ、悪かった。そうだな、調子に乗った」
甲斐の機嫌を取るように目線を合わせて話すシェアトに甲斐は仕方がない、というように笑ってみせる。
場の雰囲気を変えようとルーカスが口を開きかけた時に、シェアトがクリスに噛みつくように余計な口を叩いた。
「だけどクリス、お前はなんだよ。今日は一段とヒートアップするじゃねぇか。それはあの赤毛の事だからか? それともカイと同じで純粋に人としての話をしているのか? なら謝るけど、違うならいい迷惑だぜ」
さっとクリスの顔が強張ったのを見て、言葉を返す間を与えずに更にシェアトは言葉を続ける。
その様子は楽しんでいるようでもあり、本来の彼の強気で、相手を打ち負かそうとする気質が出ているようにも見えた。
「お、アタリかよ。あ~あ、クリスさんはナヴァロ君に気があるからって俺に冷たくあたってくんのか。やだなー、そういうの!」
「ストップ、カイが初めての実戦で勝ったんだよ? シェアト、雰囲気壊しちゃ駄目だよ」
ルーカスに強い口調で抑えられたのもあり、それ以上余計な事は言わなかったが、シェアトは向かいに座るクリスへ挑発的な目を向け続けると気が済んだのかやがて視線を外した。
シェアトが落ち着いた事を確認したルーカスが納得したように頷き、食事を再開しようとすると今度はクリスが両手をテーブルに強く付いて立ち上がった。
フルラは驚いてグラスに手が当たり、倒してしまいそうになったが慌てて押さえ込んだ。
「そうね、このままだと空気が戻るのに時間がかかりそうだからやっぱり私は席を外すわ。明日の朝食でいつも通り会いましょう。それとシェアト」
「……なんだよ、そっちから強く噛みついたんだろ? 俺は謝らないぜ」
「いいのよ、気にしないで。私も謝るつもりはないから。そうじゃなくて、貴方って今日負けたのよね? じゃあ、勝った人の事をどうこう言える立場じゃないんじゃないかしら? ああ、負けちゃったから気が立っているの? ちょっと気になったのよ。それだけ、じゃあみんなまた明日ね!」
にっこりと綺麗な笑顔で皆に挨拶を、シェアトには真顔で鼻を鳴らし、肩を怒らせて帰って行ってしまった。
怒鳴りながら今にも追い掛けそうになっている彼の口をルーカスががっちりとガードし、エルガが後ろから両肩を押し付けて椅子に戻す。
「シェアト、何クリスに突っかかってんの。 ああ、そろそろ生理前?」
「んなわけねぇだろ! ……なんだよ!?」
意味の分からない発言の甲斐に怒鳴り返しながら、これまた不機嫌な手付きでピザを皿に移した。
黙々と食べている内に違和感に気が付いてしまった。
皆が手を止めて自分をじっと見ているのだ。
食べようとしても、フルラまでもがシェアトから目を離さない。
十分程経っても誰も何も言わない代わりに、シェアトをただただ見つめ続ける。
とうとう、根負けしたようだ。
「分かった! 分かったよ! 俺が悪かったです! 謝ります! 明日の朝!」
しかし、全員見つめるのをやめようとしない。
それどころか少しずつ詰め寄られてきている。
「この後すぐに! 謝ってきます! もう怖ぇよ!やめてくれよ!」
甲斐が指を鳴らすと息の合った連携でシェアトの両脇にエルガとルーカスの腕が入り、連行されて行く。
その後にフルラの髪を手綱の様に振りながら甲斐達も付いて行った。