第七十三話 何が足りないのだろう
救護要請をするとアイリスが声を上げているがそちらを見ないまま、手を振り返して駆けて行く。
「ナバロ!ナバロ、勝ったよ! ……わ……、腕!」
正面に盾がまだ展開されていたので、横へ回り、声をかける。
そこには肩で荒く息をしているビスタニアが、今にも膝が落ちそうになりながらも立ち続けていた。
制服も酷く焦げ付き、両袖などは燃えてしまったようでそこから露出している腕は火傷が酷く、スラックスの裂けた部分からは白い肌を血が流れていく。
「そう、か……。勝っ……たか……」
小さな声でそう一言だけ答えると、盾が解除され、ビスタニアの体はそのまま下に崩れた。
驚いて甲斐もその場に座り込み、彼の顔を覗き込む。
「……ナバロ、途中で盾あたしにくれたでしょ」
どこか怒っているような口調で言う甲斐に、ビスタニアは目を閉じたまま答える。
「……知らんようだから、教えてやる……。俺達月組は……自分の身を守る為に盾を…展開するんじゃない……。主戦力……今回でいえばお前が……無事に……、遂行出来るよう……その身を守るためだ…」
「……でも……」
でも、もだって、も甲斐は飲み込んだ。
そして珍しく複雑そうな表情を見せる。
「ごめん、あたしが突っ走ったからでしょ……」
何を言えばいいか、分からなくなった甲斐はただ眉を下げて謝るしか出来なかった。
「……はぁ……それはその通りだな……。だが……仲間の性格や……得意分野……苦手も全てを……見越し、作戦を立てるのが俺達の仕事だ……。戦力として、だが……突っ込む度胸があるのは…良い事なんじゃないか……」
時折息を止め、痛みに耐えつつ甲斐へ答えたが妙に静かなのが気に掛かり、目を開いた。
そしてその表情を見るなり、また一段と深く溜息をついた。
「はぁああ……。おい、頼むから泣くなよ……。怪我人に気を使っても……気を使わせるような事をしてくれるな……」
「……うん。ナバロ、勝つまで立っててくれてありがとう…」
「ふん、当然だ……。勝利の邪魔をするなど恥だからな…」
戦うという事がどういう事なのか、自分が勝手に動くとどういう結果になるのか。
そして、誰かに守られるという事がこんなにも重いという事を甲斐は今この時、初めて学ぶ事になった。
道を誘導し、護衛し、本当に勝利するまで自分の身すら省みない。
そんな覚悟の下で彼らは生きているのだ。
授業だからと考えていた自分の甘さを恥じた。
こうして傷ついた彼を見ていると、恐怖感が今さらやって来ていた。
あと一瞬でもアークを殴り倒すのが遅れていたら。
ほんの少しでも早く倒せていたら。
どちにしても、この『もしも』は後悔するには十分すぎる可能性だった。
この怪我よりも酷かったかもしれない。
こんな怪我を負わずに済んだのかもしれない。
考えていくとどうにかなってしまいそうだった。
いつもの調子で怒ってくれていたら、違ったのかもしれない。
彼は一言も、甲斐を責めなかった。
その優しさがまた、苦しかった。
「おい……」
「ひゃはあ! 何!?」
「……そいつを離してやれ。こいつも……手当を受けさせないとな……」
無意識で抱きしめ続けていたフィラッフィーを離してやると、ゆっくりとビスタニアの元へ浮いて行き、彼の足にだらりと垂れ下がった。
どこかぼんやりとしている甲斐を見て、吐き捨てるように話を振る。
「……まあ、思ったよりは悪くなかった……」
「えっ!? ホントに!? 中々の腕前!? 魔女っ娘・カイちゃん始まる!?」
「はあ……もう組むのは御免だが……な……」
褒められて少しだけいつもの調子を取り戻した甲斐を見ると、ようやく安心したように目を閉じ、ゆっくりと意識を手放した。
慌てた声で何度も呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今はそっと寝かせて欲しかった。




