第七十二話 負けたくない、ただそれだけ
「うっしゃ! 下は仕留めたよ、アーク! これでゲームセットかな? 救護要請の光、上げた方がいい~?」
見事に直撃したと確信して自慢げに言うが、アークは無言のまま頭上に迫った甲斐を見ていた。
そして彼が初めて露にした表情は、憎々しげなものだった。
「……まだだ! 攻撃を続けろ! 何をしてる! 撃て!」
弾かれたように顔を上げれば、甲斐を包むように展開された光の盾がまだ存在している。
そして甲斐の口が動くのが見えた。
「ん~? やっだなあ、アーク! 盾張ってんじゃ攻撃出来ないよ?」
「一から十まで言わなきゃ分からないのか!? こいつに付いてる盾がまだ機能しているということは、あいつが無事なんだ! 解除された瞬間を狙え! 来るぞ!」
「うそでしょ~!? おっかしいなあ……。ま、下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる……ってね!」
勝負を賭けるのは、一瞬だった。
相手の盾に甲斐が接触するギリギリまでビスタニアは盾を解除しなかった。
そしてそのタイミングを甲斐は信じ、攻撃するのを待った。
いくら攻撃を撃ちこまれ、目の前で幾つ炸裂しても目を背けなかった。
相手の盾にぶつかる直前に甲斐の盾が解除され、決壊寸前だった右手は大きく炎を纏い、そしてその拳を咆哮しながら思い切り叩き付けた。
稲妻がいくつも接触面から出現し、やがて亀裂が生じた。
今まで感じた事のない、非常に硬く、しかし力で押し切れそうな感触を味わいながら更に力を込めると彼らの盾には亀裂が大きく広がっていく。
「ヤバいよこれ! 攻撃してんのに全部あいつの火に巻き込まれってっちゃうんだよね! もっと盾強化できないの!?」
「今やってる……! 強化する度に壊されていくんだ……! もういい! もう一匹をなんとかしろ! それさえ倒せばこっちの勝ちだ!」
今にも決壊しそうな盾から抜け出すと、確かにビスタニアはまだ立っていた。
しかしその姿は決して無事な者の姿ではなかった。
制服は焼き切れ、あちこちに穴が空き、恐らく顔を庇った両腕は火傷だろうか、離れたこの場所からでも分かるほど傷んでいた。
彼の目はアイリスを捉えると強い赤色を帯びた防御膜を出現させた。
生身であれだけの攻撃を受けたのだ、やはり集中力も切れかかっているらしい。
最初に見せたあの透明度のある盾は出せないらしい。
通りでアイリス達が頭上の甲斐を警戒している間、ビスタニアからの攻撃が一つも無かった訳だ。
ぐらつく体を立たせているだけで精いっぱいと見える。
「もうもたない! 早くしろ!」
とうとうアークは甲斐の拳の辺りに両手をかざして力を込めた。
この攻防戦に決着が付こうとしている。
ありったけの攻撃魔法をアイリスがビスタニアに向けて放ったのが、その合図となった。
「ふざけんじゃ……ねぇえええ!」
甲斐がもう一度拳を振り下ろすと、その拳はとうとうアークへ届いた。
その勢いのまま殴り飛ばし、どうにか両足で着地した甲斐は危うく倒れ込みそうになった。
もう駄目かと内心で覚悟した時、胸に抱いたフラッフィーがそっと上半身を押し戻してくれたおかげで立つ事が出来た。
お礼のつもりで一度強めに抱いた後、ビスタニアの加勢に向かわなければならない事を思い出した。
「あっ、あれっ!? アーク負けちゃった? そっかぁ、そうだよねぇ。おチビの彼も中々どうしてしぶといねぇ……」
見ればビスタニアを守っている強い赤色の盾も、亀裂が酷く目立っていた。
甲斐は腕の中で抜け出そうとうごめくフラッフィーを抱き直すと、アイリスを無視してビスタニアの元に駆け寄った。