第六十九話 名コンビは生まれるか
「ナーバーロー! やったね! シャン先生いい仕事すうおおおおなんたる強引さ!」
この女が声を出す前に何処か遠くへ移動しなければ、そんな思いが甲斐の手首を掴んで実戦場へと早足で向かわせた。
しかしその行動は完全に裏目に出てしまった。
彼の事を慕っている女子生徒からは黄色い声が上がり、ウィンダムは決定的な瞬間を見てしまった。
あろうことか、この行動により今朝までのビスタニアの挙動不審な行動は全て彼女に対する照れがピークだったのだとウィンダムを確信させたのだ。
思い返せばあの編入生がスピーチをしていた時もビスタニアの様子はおかしくなっていた、予兆はあったのだ。
自分も相棒としてはまだまだだなと見当違いな反省をしつつ、走り行く二人を暖かい目で見送った。
「はぁ……はぁ……ここまで来ればいいだろう……」
他のペアの後ろを走りながら攻撃をかいくぐり、ようやく足を止めた場所はどのペアも微かに見えるフィールドの奥だった。
息を整えながら、汗をハンカチで拭っていると息切れ一つしていない甲斐が怪訝そうに見ている。
「ちょ……ぬ、脱がないでよ? ナバロ……こんな人目も届かぬ奥地まで連れ込んでぇ……何する気なの?」
「先に言っておくことがあるな……。いいか、この世界で貴様と二人だけになったとしても、お前の想像している様な事態には絶対に、絶対にならない。もしも、そうしなければいけないとするなら舌を噛み切るまでだ」
「じょ、冗談だったのに……! あたしも流石に泣いちゃうよ? まあ失礼な発言は一旦スルーするけど、あたし達の相手まだ来てないよ。ああ、あれかな?」
遠くの方からこちらに向かって来る男女のペアが見える。
それに手を振って合図を送っている甲斐を見下ろしながら、見かけはなんとかまともなのに、何故中身がこうも際どいのか考えていた。
異常なまでのこの精神面の強さと横暴さの代わりに、本来女性に備わっているはずの恥じらいやたしなみのパラメーターがマイナスに振られているのか。
そうなると彼女は人ではなく、戦闘用に作られたモンスターではないだろうか。
「あれ、ナバロ今なんかまたあたしに失礼な事考えてない?」
「その動物並の第六感をやめろ! 気色悪い!」
「お待たせ~い! あれ、おチビじゃん。今日は元気そうだね」
焼けた肌にそばかす、そして前回の風呂騒動の時と違って今朝はしっかりと毛先が内側に向くようにセットされたグラデーションのかけられた髪色。
見るからに健康的なアイリスが笑うと犬歯が見えた。
その横にはフレームが無く、丸いレンズのみの眼鏡が顔の半分を占めている月組の男子がいた。
パーマのかかったこげ茶色の髪を指に巻きつけては離しているが、ビスタニアと甲斐を見ても無表情を崩さない。
「おお、いつぞやのお方。あいびす? あいりす? アイリスか!」
「ザ・うろ覚えじゃん! やめてよ~! あららん? ビスタニア君だ! すっごいね、相手になるの初めて! あっちゃぁ……勝てるかな~アークぅ……」
「ふん、誰にも負けるつもりはないけど? アンタは俺の言う通りに動いて。そうすれば負けるはずがないから」
肩を思い切り落としたアイリスが眼鏡の少年に寄り掛かると、幼い顔立ちの彼が発した声は意外なほどに低く、完成された男性の声だった。
その言葉にビスタニアが鼻で笑う。
「その眼鏡、度が合ってないんじゃないか? それとも相手が誰だか分かっていての発言か?だとしたら中々愉快な奴だな、君は」
「苛々すると老け込むよ、ナバロ。いいの? お肌に関してうるさそうなイメージがあるんだけど、そんなことないの? そうだ、スキンケアとかやっぱ早目にやっといた方がいいの?オススメの化粧水とかあったら教えてよ~」
「……酸でも塗っとけ」
対峙、そして礼を済ませるとある程度の距離を取って実戦が始まった。
アイリスと甲斐は同時に攻撃態勢を、ビスタニアはアークと違い、盾すら作らずにこの戦況を見ていた。