第六話 女泣かせ
「初めまして、あたくしはホワイトレディ。よろしくね可愛いお嬢さん。貴女はどこへ行くの? ……まあ、薄着ね。だめよ、女の子がそんな恰好じゃ……あら……? 裸足じゃない! 靴はどうしたの?」
鈴の鳴るように小さく、だが確実に聞こえる声で、人と変わりなく滑らかに表情を変えるホワイトレディ。
だが、手から溢れる水が甲斐の裸足に気付いた辺りで一気に水量が増えた。
「……あ、カイっていいます、どうも。私もこんな格好で人様の目に触れ続けるのは本意ではないのですよ、決して。ちょっと訳有りと言いますかなんといいますか……」
「訳有りなのね、そう……。何かあたくしにお手伝いできることはございまして? あら、貴女は星なのね、素敵だわ。お部屋へは戻らないの?」
まるで何かを露出してしまっている不審者の言い訳のような弁解にも彼女は柔らかく微笑む。
ホワイトレディの目線が甲斐の羽織るジャケットの刺繍を捉え、嬉しそうにコロコロと笑うと両手の水が不定期に流れる。
水量は元に戻った。
「星……? あぁ、これは借りてて……。来たばっかりなんで何が何やら分からないんですよね。じゃあ、ここの事を教えてもらえませんか?」
「あらそうなの、でももう仲良しな方がいるのね。貴女は編入なのかしら?まあいいわ、まずここは誰もが知る誇り高き フェダイン魔法訓練専門機関学校よ。歴史については知書室にもあるし、たまに授業でも触れるはずよ」
彫刻が動き、話し、そしてやはり今聞こえたのは幻聴や聞き間違いではなさそうだ。
『魔法訓練専門機関学校』、そんな物が存在するのかと思わず否定的に考えてしまいそうになるが今話している相手を見る限り、もう否定は出来そうになかった。
「ここの住所は空でもあり地でもあり海でもある、よ。ある程度どこからでも来れるように大魔導士達が結束して空間魔法を作成した功績とも言えるわね。その為に全世界にスポットがあるからそこから移動する事が出来るわ。でも簡単に誰でも入れる訳じゃないのよ」
「ちょっと待った! ストップです! じゃあ、ここから外に出るのはそのスポットからどこかへ目がけてってこと? 家に帰るにはどうしたらいいんですか? 知らない所に出ても楽しいけど出来れば今はちょっと困るんです……」
ようやくまともな話の出来る、人間ではない女性に甲斐は必死に縋る。
「あら、基本的に生徒の特別休暇以外の特別外出以外は認められていないわよ? 特別休暇だとしても先生方に許可を頂いてからね。目的地を言えばそこを開いてくれるから。それにまず生徒だけでは常に変化していく開錠言語が無いからスポットを開けないし、外出の場合も戻る際に開錠言語がいるのよ」
「えっ、とにかく鍵が無いと出入りができないってことですか? だってここは玄関じゃ……。……あの野郎、騙しやがったな……!?」
ホワイトレディのように水の水量が増える代わりに、血の涙を流しそうになりつつ怒りに震える甲斐をなだめながら話を続ける。
「落ち着いて、可愛いお顔がもったいないわ。それにここは東館の入り口だからそこから出れば外に行けるし寮や他の館へ行けるわ。敷地内だけなら移動は自由よ。とても広いお庭に植物園だってあるし、生態研究の為に色々な生き物だっているから息抜きにはなると思うわ」
この果てしなく広く感じる魔法学校はどうやら、自分一人で敷地外に行けないことが分かり甲斐の頬は引きつってきた。
「後はそうね、専攻部門で寮が分かれているのと、授業も共同なものと部門で分かれているものがあるわね。授業に関してはあたくしも分からない所が多いので詳しいお話をしてあげられないの、ごめんなさいね」
「専攻部門かあ……ははは……なんか凄いですね。あれ、分かれてるってそれってこの刺繍の星とかのことですか?」
「そうよ、あら、それも知らないのであればまだカイはどこにも所属していないのね」
ホワイトレディは何を見てそう判断したのだろう。
甲斐は分からず、とりあえず頷いてみせた。
「太陽組は攻撃専門ね、ここを出た生徒達は将来は小さい頃皆が憧れたヒーローのような職業に就く事が多いけれど、常日頃の努力や上を目指し続けるのが大変よね。……危険も多いし。月組は戦略や妨害、そして味方を守る重要な防御等が専門よ。かなり頭の良い子達が多いからか大人びている子が多いわね。将来は有名な機関に就く子が多いみたいよ。星組は回復や援助、医療について専攻しているわ。彼らのおかげで今も昔も、そしてこれからの人の命が守られているのよ」
「へぇー、もしかしてみんな魔法で何かと戦うんですか? どれもカッコいいけどさっき、星を馬鹿にする月の人間がいたんですけどなんなんですかね? やっぱりあいつ頭おかしいんですかね?」
ホワイトレディは目を伏せてしまった。
何か聞いてはいけない事に触れてしまったかと撤回すべきか考えている間に彼女は話し出す。
「戦う仕事に就く人ももちろんいるわ。ただ、進んで行く道は自分で選ぶものだから人それぞれよ。
後はそうね……そういう悲しい伝統のようなものが一部ではあるのよ。だからといって星組が劣っていたりすることなんて全くないのよ!どの組も全てが等しく必要とされているものだということは間違いないもの……」
とても悲しそうな表情になったホワイトレディは両手を顔に覆ってしまい、顔の両脇からまるで大号泣をしているように手から水が流れ出している。
「その通りですよねえええ! あああ泣かないでいやそれ水か! こんなこと聞いてすいません! すいません!」
腰を直角に曲げて何度もぺこぺこと頭を下げて謝り出したが、それはちょうど甲斐を探しに来たルーカスと、ルーカスの話に興味を持って付いて来たシェアトがエントランスへ入ってきた時だった。