第六十八話 カミサマは君を見ている
よく晴れた、湿度の低い良い日だ。
夏の匂いが鼻をかすめ、照り付ける日差しでシャツがうっすらと汗ばむのを感じる。
校舎の裏手にある実戦場は広大で、地面は土と草に覆われただけの名ばかりのものだった。
そこに二年次の太陽組と月組の生徒が集まって来る。
思ったよりも少ない人数に甲斐は驚いていたが、知らない顔も多くあった。
こういった合同授業のおかげで他の組とも交流が出来、全組の合同授業でもやりやすくなる。
「はあ~、思ったより少ないんだけど全部で何人いるの?」
「さぁ……、多分だけど一つの学年の組が三十人前後だから六十人位だと思うよぅ……」
暑くともジャケットは着用義務があるので脱ぐ事は許されず、徐々に高くなる気温に耐えることになる。
フルラと話していると、後ろからシェアトがエルガを引き連れてやってきた。
「よぉ。……おい、お前らチビ同士で大丈夫か?」
「ち、チビじゃないよぅ……。それに今は……成長期だもん」
まだフルラはシェアトの目を見て話す事は出来ないが、反論は出来るようになっている。
「合同授業初参加だね、緊張をほぐしてあげようか?」
甲斐はエルガに顔を覗き込まれ、ウィンクをされると今まで出ていた汗が一気に引いていった。
それどころか寒気まで引き起こされ、感謝すべきなのだろうが考えるよりも先に体が動いてしまい、見事なローキックを放っていた。
「しゅうごうぅ~。しゅうごうしてねぇ~!」
空と同じ色をしている髪を高い位置で結び、笑顔が普段の表情になっているような優しそうな教員が間延びした号令をかけると一斉に並んだ。
体を動かす度に、肌に密着した素材の黒い半袖のシャツが胸の動きを強調している。
その下は華奢に見える体に似合わず、枯草色のポケットがいくつも付いた先細りのパンツに茶色の編み上げブーツを履いているが妙な色気と豊満な体つきだ。
「うっわすっげえ! 何あの巨乳ちゃん! ばいんばいんじゃん!」
皆思っているだろうが口に出さない言葉を、甲斐はそのまま口にする。
「先生に対しても発言に躊躇いが無ぇな……。ほら見ろよ、周りの女子の顔。ドン引きじゃねえか。そして女のお前がまさかっていう固定概念があるから俺が言ったみたいになってるんだぜ、これ。どうしてくれんだよ……!」
その様子を遠巻きに見ているのはビスタニアだった。
絶対に彼女の視界に入らず、無事にこの半日がかりの合同授業を終えて戻るという決意を強く持っている。
ウィンダムはさりげなく友人の視線の先を追うが、人が多いせいで誰を見ているのかまでは分からない。
二名の静かな攻防戦が幕を開けたようだ。
「よぉ~し、じゃ~あ、今日はねぇ実戦練習なんだけどぉ……ペアがいつもと同じじゃつまんないよねぇ?」
「馬鹿野郎!」
「ビスタニア!? 誰を愚弄しているんだい!?」
突然野次を飛ばしたビスタニアに一瞬にして注目が集まる。
やってしまったと思うが、叫ばずにはいられなかったのだ。
どうやらシャンは生徒がふざけているのだと思ったらしく、可愛い声で注意をすると話を続ける。
「こらこら、お喋りは休み時間にねぇ! え~っと……だからぁ、今回は先生が適当に選んじゃいまぁす! まずはそうだなぁ、リアちゃんとぉミゲル君ペアとぉ……相手はティナちゃんとぉサンライトく~ん!」
本当にランダムで選び出してしまったようだ。
実戦練習とは太陽組が攻撃に周り、月組が防御とサポートをして戦法を決め、二人の内どちらかを地面に跪かせた方の勝ちである。
フィールドが広いので、続々とシャンの選んだ生徒達が奥へと駆けて行く。
決着がつかない限り続行されるこの授業は、最長で夕食ギリギリまでかかったこともあるのだ。
「はいは~い。どんどん空いてる所に行ってぇ~。他のペアと近いと危ないから距離取ってねぇ~。はい次! ん~ビスタニア君とぉカイちゃん! カイちゃんは初めてだから優秀な子とペアにしたよ~! が~んばってね~!」
下を向いたまま雑草を靴の先で掘り起こす勢いで蹴っているビスタニアは舌打ちを連打していた。
そんな彼の横にいるウィンダムは、好きな子とペアになれない事への怒りだろう、とポジティブに解釈していた。