第六十七話 分かっているよ・分かってない
切り出すべきか散々迷った挙句、ウィンダムは言う事にした。
「顔色が優れないようだけど、問題無いかい?」
「あ、ああ……。いや……ああ、そうだな。」
このビスタニア、完全に上の空なのである。
それもそのはず、今日は朝一番の授業が太陽組との合同授業なのだ。
今までこの学校で嫌いな授業など無かった。
全てが己を高め、力を付ける事に繋がると考えると全てにやる気が溢れたし勉強は好きな方だ。
だが今回は別である。
前日の夜に明日の授業の確認をしていた時など、膝から崩れ落ちてしまった。
とうとう来てしまったのである、この悪夢の瞬間が。
朝食もほとんどが喉を通らなかった。
その様子をウィンダムは心配していたのも分かっていたが、体調が悪いのではない。
精神的な問題なのだ。
体調不良という理由を付けて授業を抜けようかとも思ったが、今まで授業をさぼる生徒を馬鹿にし続けていた。
今なら分かる、彼らにももしかしたら何かしらの大きな理由があったのかもしれないと。
痛みを知ってこそ人にやさしくなれる、その言葉の意味が分かったような気がした。
「体調が悪いのなら、僕に遠慮しないで言ってくれ。心細いのであれば僕も共に行くよ」
「あ、ああ……お前は本当に友人思いだな。ありがとう、ウィンダム。だが心配には及ばない、最近よく眠れないだけだ」
その優しさが今は痛い。
だが、彼の前では常に冷静な自分でいたかった。
あんな女に纏わりつかれている、などと知られてたまるかと思う反面、いつどこで出くわすか分からず、最近はどうしても挙動不審になってしまっている。
あの女はもしかしたら壁や地面から出現するのかもしれないとう考えが浮かんだ時、とても頭が悪くなった気がした。
「さあ、そろそろ実戦場へ向かわないと。ああ、そうだ。今回は僕らは太陽と組むから別々になってしまうね、残念だよ」
「あ、ああ……そうだな…。……本当に……本当に残念だ……」
寂しそうに笑うウィンダムは、ビスタニアの物憂げな表情が気がかりだった。
何か力になれないかと幾つか提案してみるも、これといった解決にはならないようだ。
そうなると、一つの可能性が浮上してくる。
もしかすると恋かもしれない、と。
彼が女生に人気があるのは昔からだ。
誰が見てもビスタニアは個性もあり、信念もあり、更に紳士的な上に切れ者だ。
赤く燃えるような髪色も、堂々たるその態度にもウィンダムはずっと憧れていた。
隣に並ぶのに相応しいよう、試行錯誤して今の髪形に決めたし、幼い頃から助けられてきた恩もある。
そんな彼が気にしている女性は、一体どんな素敵な人物なのだろうと非常に興味が湧いて来た。
ここ最近のビスタニアはかなりおかしかった。
随分と背後や曲がり角を気にしているし、食堂でも真っ先に目線が誰かを探しているようだった。
しかし、恋となると全てに合点がいくのだ。
気になる相手を常に探していたのだろう。
偶然会うことが無いだろうか、そんな風に期待していたと考えると妙に可愛らしく思えた。
そして今、こんなに落ち着きがなく朝食さえもとうとう喉を通らない様を見ると、恐らくこの合同授業で会えるのだろう。
ということはだ、相手は太陽組の女生徒ということになる。
「……ち、近くに! 近くにいることにするよ! 君のことが心配だしね」
「……はっ!? い、いや大丈夫だ! そんなに気にすることはない! 本当に、ただの寝不足だ」
合同授業の時にウィンダムが離れてくれていれば、あの女が仲良くする条件を振りかざして纏わりついてきてもまだ安心できるが、近くにいられてはまずい。
しかし何故かウィンダムはこんな時に限って引き下がらず、いい笑顔で呪文のように近くにいる言い続け、結果押し通してきてしまった。
ビスタニアの残された精神力が枯渇するまで、あと少しだった。