第六十五話 力比べ
甲斐が気付いた直後、真上の暗雲から雷が落ちた。
しかし間一髪で後ろに跳び退き、元いた場所には焦げ跡が残った。
多少は手加減してくれると甘い考えを持っていたが、まるでそんな事は無いようだ。
「……あっ、あの人マジで殺る気だ……!」
「(やべぇ、マジで危なかった……。 力加減がどれもこれも微妙に分かんねぇんだった……)お、おい……生きてるか?」
答えずにへたり込んだまま口を開けてぼんやりしているが、キティが止めと言わない限りは続けるしかないだろう。
軽く、といってもそんな練習をしたことが無いので力加減など出来やしない。
他に何か無害そうな攻撃魔法を探さなければと必死に思い出そうとするが、そんな矛盾している魔法があっただろうか。
太陽組というのは攻撃魔法を専門としているクラスなのに相手を傷つけない魔法などあっただろうか。
いや、そういったものはエルガ達のいる月組が得意なサポート・妨害魔法の分野だろう。
間を持たせようと空気を少なめに集め、甲斐に向けて比較的ゆっくりと放ったが見事に全てが彼女にヒットしてしまった。
目に見えない空気砲なので避けられなかったようだ。
「ぎゃん! ぶほっ! 痛い!」
悲しい悲鳴を上げている甲斐も辛いだろうが、まるで自分が攻撃を受けているかのような顔をしているシェアトも相当辛そうだ。
「……お前、人の子の血流れてんの?」
「い、いや……マジで悪い……。雷避けたからこれも避けんのかと……。と、とりあえず防御してみろよ……」
「うううシェアトのアホ野郎…! この前の仕返しかああ……。仕返し……? リベンジ……? 復讐……! ……守るには力・戦うには心・導き出すは勝利のミチシルベ……! うおおおお死にたくないいい!」
力を込めて詠唱したスペルは思いの強さが上手く作用したのだろうか、ようやくバングルが強い光りを帯び、その光は甲斐を包み、やがて翼の形を作り上げた。
しかしどう見てもその翼は天使の翼とは言い難く、良く言っても翼竜のものか本音を言えば悪魔の持つ翼に見える形状をしていた。
うっとりとした表情で両脇に待機している翼を見つめている彼女の姿は、無鉄砲故に中々仕事をしないシェアトに備わる防衛本能すらも警報を鳴らす光景だった。
「ひっ……鳥肌が……!? 禍々しさはピカイチだぜ……。やったな! よし、軽くいくぜ!」
「ちょ~うカッコいい! 天使みたいな貧弱そうな羽じゃなくて良かった!」
これでようやく攻撃が出来る。
強く腕を振ると、空気が集まり、そして圧縮されていく。
そしてタイミングを見計らい、甲斐に向けて放つ。
即座に翼は主を包み込み、攻撃が接触した瞬間には重い金属音がした。
「な、何で出来てんだよその羽……いって! ……はあ?」
傷一つ付かない出来の盾となった翼に弾かれた攻撃は、凄まじい勢いで戻って来るとシェアトの左の頬を切り裂いた。
フェイスラインに掛かっていた髪の毛は床に束で落ち、広がった。
少し経ってから血が流れ、頬を伝う感触がむず痒く指で拭うと傷口が触れ、痛む。
教室のあちこちからはざわめきと、主に女子生徒からはシェアトへの心配の声が上がる。
「……人間って悪魔に勝てんのか……?」
震えを抑えきれず、血を止める事も忘れ、思わず口から心の声が漏れ出た。
「失礼しちゃうな、まったくもー。あ、でももしかしたらあたしってもしかして小悪魔系女子ってやつなんじゃない?」
「何だそれ…… 人の生き血をすすって、生物全ての内臓を食らう系女子ってことか? もう勝ち目どころか逃げる事すら難しそうだな……アハハハハ」
「それまで。双方、武装を解除せよ」
攻撃をしても跳ね返されるのであれば、これ以上何をどうしたらいいか分からず完全に思考回路にバグが起きたシェアトを見て戦闘不能と判断し終了となった。
いつもは適当な男子生徒と組んで、キティに褒められる事が多かったシェアトが味わう、初めての屈辱だった。