第六十四話 ほらほら早く盾出して
「イメージは出来るけど、どうやって出現させたらいいの。ワタシワカラナイ」
「……気合? 俺も防御は苦手なんだよ。ある程度しかできねぇけど、一応詠唱教えとくぞ。 『守るには力・戦うには心・導き出すには勝利への道標』……ほれ、続けて言わねえと分かんねえだろ。ボサッとしてんな!」
「ああ、この前ルーカスが言ってたやつだ! ……守るには力・戦うはこころ? 導くには勝利のミチシルベ!」
つっかえつっかえで一応詠唱をしてみたが、シェアトかざした手の平から展開されている半透明の防御膜は甲斐の前には現れなかった。
それどころか、バングルが先程のように光らずに沈黙してしまっている。
シェアトが展開させた盾を解除し、甲斐へ再度やってみるように促す。
しかし、何度試してみても防御魔法だけが上手くいかない。
「落ち着いてしっかり詠唱してみろ、あとあれだ。イメージしないと出る物も出ねぇぞ」
「な、なんか下品な指導されてる気分。イメージったって、要はバリアでしょ? イメージしてるつもりなんだけど……」
「おい、セラフィム。トウドウ。次はお前達だぞ、周りをよく見ろ」
二人に周囲の視線が集まっていたのに気が付かなかった。
慌てて前へ出るが不安そうな顔をしている甲斐はスペルを延々と繰り返している。
キティが二人の中心に立ち、礼を交わすと甲斐が攻撃を仕掛けるように指示が飛んだ。
「えっと……共にあるは昔・追憶の彼方・ゴウカにて別れた!」
右手に炎が巻き付き、思わずガッツポーズを見せたがここから応用しなければならない。
先に前へ出された生徒達を見ていなかったので、応用といっても炎を大きくしたパターンしか分からない。
さも簡単そうに盾となる半透明の膜を自分を包み込むようにして出現させたシェアトは、こちらの様子を伺っている。
力を込めて螺旋状に巻き付く炎を大きくさせるが、これでは応用といえるのか微妙である。
一か八かで甲斐は腕をシェアトに向けて振るうが、すぐに右手を握りしめて飛んでいく一連の炎の端を握りしめた。
すると巻き付いていた炎は一本の鎖のようにしなぎ、シェアトの盾に当たって弾かれたが、引き寄せると再び戻って来た。
「おお! 応用出来たじゃねぇか。なあ、先生。もう交代してもいいんじゃ……うおっ!?」
問題無さそうだと安心してキティを見た時だった。
炎の鎖は彼全体を覆う膜ごと巻き付き、きつく縛り上げているのか防御膜との接している箇所から金属同士が擦れる音が激しく鳴っている。
そして驚くべきは甲斐がその鎖の端を強く握りながら自分の元へと引っ張っている事と、顔を赤くさせて力んでいる事だった。
「んんんんん!」
「お、おい! もういいだろ!? 応用できたろ!? 何力んで……げっ……!」
火力がどんどん強くなり、シェアトの半透明な膜もとうとう甲斐の操る炎の鎖で覆われてしまった。
シェアト自身は熱くはないが、膜が軋み、ヒビが入っているのが分かる。
段々とシェアトが甲斐に押し負けているのだ。
慌てて防御に力を込め直すと形状は元に戻ったが、もう外が見える視界は残されていない。
どこまで耐えたらいいのか分からず、もしも自分の方が押し負けてしまったらと考えると先程甲斐が言っていた冗談が冗談では済まなそうだ。
二度目の軋みが起きた時、更に力を込め直すがヒビの入る速度が最初よりも早く、間に合わない。
「それまで」
視界に広がっていた赤い炎が消え、力を抜くと目の前にはキティがこちらを向いて立っていた。
手にはまだ燃えている鎖を握っており、強く握ると砕け、やがて鎮火した。
「防御が甘いな。まだトウドウは火力を強められただろう。……よし、逆になれ」
「今のに素手で入り込んだのかよ……怖ぇ……」
再度礼をすると、次はシェアトが攻撃となる。
得意分野の攻撃魔法を応用するのはどうということもない。
しかし甲斐の防御はまだ未完成、といえば聞こえはいいが展開すらも出来ていない。
そうなると、攻撃の仕方を考えなければならない。
キティの合図と共にシェアトは甲斐の少し手前の床に稲妻を落とした。
「ひぇっ、危ない。 クレイジーボーイめ! あれっ……嘘ぉ!?」
足元に気を取られた甲斐の真上にはいつの間にか、バチバチといった不穏な雷鳴が響いていた。