第六十三話 初めての魔法授業
静まり返った教室内では紙を指でなぞったり、空中に文字を書き出して小瓶に入れたりとそれぞれの方法で板書を取っていた。
今朝は一限目から太陽組のみの授業だ。
席はどの授業も自由とのことで、甲斐とシェアトは並んで座っている。
スキンヘッドに無骨なアクセサリーが耳に首にと大盛況しているのは、キティ先生という名前だけが妙に可愛い、通常の成人男性の二回りはあろうかという肉体を持った男性教師である。
現在行っているのは『攻撃魔法の応用』ということで、まずは応用に至るまでの仕組みを学んでいるが、重要な場所は先生が手をかざした場所に文字が現れるのでそれが出る度に生徒達の頭は机に向いた。
非常に声が低く、甲斐は最初地鳴りが起きているのではとシェアトに囁いた程の声量を持っている。
一つの授業が一時間半ということで、授業時間は甲斐のいた世界の二倍だという話をシェアトにした所異世界へ飛ぼうとする人間が増えるからその情報は二度と口にするなと言われてしまった。
授業の内容は分かるような分からないような、基礎が全く出来ていない甲斐からすると、難解な物に思えた。
板書は普通にペンと紙で取りたいと言った際にルーカスが譲ってくれた紙のような材質のガラスに書き込んでいく。
するとガラスの向こう側は机のはずだが、幾つもページがあるように見え、表題を決めれば手前に引き寄せられて追記できるという優れものだった。
皆はそれぞれ板書の方法が違うようで、どれが自分に合っているのかはやはりまだ分からない。
「……実戦だ。二人一組で前へ」
座学よりも実践の方が楽しいのはこの世界でも同じなようで、生徒達が色めき立ったのが分かる。
だが、それは『出来るから楽しい』のだ。
青ざめているのはこの中で甲斐だけだろうか。
「げっ……! ちょ、ねえ! シェアト! 寝てんなよ! これうちらまで回って来る?」
「……あー? ……ああ、来るだろ、まだまだ時間はあるからな。そういやカイに基礎教えてやってなかったな……、悪い。事情話せば免除されんじゃねぇか?」
二人の座っている席は後方だが、あと一時間近く残っている。
もう最初の二組が向き合い、礼を交わすと片方が防御をしてもう片方が炎を大きくしてぶつけている。
基礎的な攻撃魔法は小さな炎や雷を起こしたり、物を相手にぶつけたりするらしく、それらを完璧に範囲や力の調整が出来るようにならないと今学んでいる応用をするには非常に難しいとのことだった。
「あたし、攻撃は何とか出来るけど……防御は出来る自信無いや。分かんないし、シェアトあたし以外と組んでいいよ」
「いや、いい。つーか、出来なかったら出来なかったで構わねえよ。それよりさっきから手を開閉しているのは魔法の練習だよなぁ?おい……お前の言う攻撃って物理攻撃の話か? ふざけんじゃねえぞ……!」
「チッ……バレたか。あーもう困ったなあ……。残り時間であたしも覚えれそうな魔法とかある?」
「あー? そうだな……。まずは炎かあ? たぶん、カンタン……だと思うぜ。ほら、手に力溜めて……熱持ってんの分かるか?」
シェアトに言われた通り右手に力を込めていくと、甲斐の顔も力んで赤くなっているが腕のバングルの羽柄が鼓動と同じ速度で光り始めた。
「スペルなんだったっけな……ああ! 続いて言えよ。共にあるは昔・追憶の彼方・業火にて別れた」
同じように言葉をなぞらえて口にすると、体の中を何かが駆け巡り、満ちる。
そして腕の振り方に合わせ、どんどんと力が集まっていくのを感じる。
「共にあるは昔……・ひとつ? ……追憶の彼方・ゴーカにて別れうっわわわ!?」
腕に巻き付くように炎が手の平から駆け上がった。
その状態を保っているシェアトは、焦って立ち上がりかけた甲斐を、空いている腕で引き寄せて座らせる。
「あーほら。落ち着け落ち着け、大丈夫だから。火が術者に繋がってる間は炎に焼かれることはねぇよ。自分から離れるとダメだけどな。とりあえず強めたり弱めたりは出来るか?」
「こ、怖い怖い。熱くないのが逆に怖い! うおおお! ふぅううう……」
力むと炎が強まり、力を抜くと消えかけていくのを見て笑うシェアトはどこか楽しそうだ。
顔を寄せられると彼の使っている香水なのか、スパイシーな香りがした。
「よし、調整も大丈夫だな。魔力器もしっかり使えてるみたいだし。つーか、掛け声がそのまんまだな……」
「だってどうしろと……? よしっ、 これでシェアトを焼き殺せるしまだ時間ありそうだから防御もいけるかも!教えてプリーズ」
「一子相伝の秘技じゃねぇぞ。防御は教え辛ぇんだよな……こう、なんつーか……相手の技を防げる膜をイメージすんだよ。確か、そんな感じだった」
苦手な分野だからか、苦い顔をして形容しがたい表現をしたがそれでも真剣な眼差しで頷く甲斐を見ていると、口の端が上がってしまいそうになる。
そうこうしている内に、呼ばれる二人組は中央を越した所まで迫っていた。