第六十二話 それは焼け付くような甘味
「遅いねぇ、皆ぁ……」
留守番役となった二人はテーブルに広げたお菓子をつまみながら待っていた。
クリスは全員がなくなってから、そわそわと動き回り、落ち着きがなくなっている。
そんな彼女に気を使っているらしく、たどたどしく何度も話を振ってくれるフルラに申し訳なく思う反面、反省もしていた。
「そうね、まぁ気にすることないわよ。さ、どんどん食べちゃいましょ。フルラは何が好き?ハニーポップもあるわよ」
小さな壷に色とりどりのスティックが刺さっている。
スティックを取り出すと、その壺に刺さっていた部分にねっとりと纏わりついていた琥珀色の液体が一気に固まり、ハチの形になった。
「ありがとうぅ、これ好きなんだぁ。おいしいしぃ~可愛いよねぇ~! あ! ねぇ、クリスちゃん! みんな帰って来たんじゃない?」
確かに何やら外から騒がしい音が聞こえてきた。
クリスが待ってましたとばかりに立ち上がり、扉を開けると甲斐とルーカスが驚いた顔をしていた。
ルーカスの肩には甲斐の持っていたスクールバッグが掛かっている。
「た、ただいま。びっくりした……クリスなんか張り切ってるね。あ、フルラがうまそうなもん食べてる」
「カイ! お帰りなさい! ああ、あれはハニーポップよ。良かったら食べてね! ってそうじゃなくて! 無事だった…の……ね……!?」
嬉しそうに中へ駆けて行く甲斐の後ろには死にそうな顔をしているシェアトと、彼におぶられているエルガがいた。
エルガは意識が無いように見える。
一瞬でクリスの中には様々な疑問が湧き上がったが、それを口にする前に今にも倒れそうなシェアトにどくように言われてしまった。
立ち尽くしていたクリスが道を開けると、シェアトは重い足取りで中へ入り、ゆっくりと背中のエルガを床に落とすとそのまま自身も倒れるように横になった。
「な、何かあったの? ねぇ、エルガはどうしたの……!?」
「うっひょう! 何この飴! ハチミツ味や! お口に入るととろっとろやで! すごーい! なんでー!?」
「ちょっとそこで暴漢にね……」
遠い目をしているルーカスが甲斐の傍にバッグを置きながら答えると、クリスの表情が信じられないといったものに変わった。
急いでエルガに走り寄ると、顔にかかった髪を整えて手首で脈を計りながらぶつぶつと独り言を呟いている。
事態を重くとってしまったらしいクリスは突如はっとした顔でルーカスを見ると、とうとう湧き出た疑問や想いをぶつけた。
「暴漢って言ったわよね……!? 犯人は生徒なの!? もしかして本当にストゥー先生が……!?ああ、ごめんなさい……! 本当にそんなことが起きるだなんて思わなくて……! ルーカス、どうして気付けしてあげないのよ!? 脳へのダメージは大丈夫なのかしら……! 治癒室に連れて行かなくていいの!? ああ、こんな事ならもっと治療法を勉強しておくんだったわ……!」
「ああ、治癒室へは行かなくていいよ。二人にはいい薬になっただろうし、クリスが思っているような事じゃないから」
納得はしていないようだが、ルーカスの笑顔に潜んでいる怒りに少なからず気付いたのか、少々考えた後に今度は甲斐の隣に座ると心配そうに尋ねた。
「カイ、大丈夫? どこか怪我とかしてない? ……何があったのよ?」
「クリス、これめちゃんこうまいね。でも八本も食べてたら喉が焼け付きそうな痛みがあるよ?ハチミツって喉にいいんじゃなかった? ……ん? ああ、何ってこともないよ、ただみんなが遊んでたからあたしも混ざっただけだし」
「……混ざった? 他に誰かいたの?」
「ナバロがいたよ、それであたしと仲良くしてくれることになったの! 約束したんだ! いいだろ~」
自分から質問したのだ、何か答えてあげなければいけないのは分かっていたが、その名前を聞くとどうしても平常心ではいられないようだ。
まだ、自分は消化しきれていないのかと自嘲気味に考えるも体が付いてこない。
甲斐は黙ってしまったクリスの口にハニーポップを突っ込むと、何本か壷から引き抜いてまだ気が付かないエルガの口に差し込みに行った。
シェアトと順番にエルガの口へ甘味を差し込んでいくのを見つめながら、いつまでもどうにもならない気持ちの整理が付く日を夢見ている自分が酷く滑稽に思えて考えるのを止めた。
ハニーポップは口の中で甘く、嗅覚すらも奪い去って溶けていった。