第六十話 肉弾戦なら任せてね
「……じゃっ、そういうことで! ちなみに上手くいった場合は今後あたしと仲良くする条件が付与されまーす!」
「どうして俺の逃げ道を無くすんだ! 撤回しろ!」
返事を聞いているのかいないのか、甲斐は自信に満ち溢れた表情を見せると前を見据え、真っ直ぐ三人に向かって歩いて行く。
そしてどっちに転んでも地獄だが、彼はその隙を逃さず、甲斐を避けながらも放った攻撃が前方へ絶えず撃ち込んでいく。
球体状の攻撃魔法が横切る度に、甲斐の髪の毛は前へと流された。
「おい、カイが戻って来たぞ! 盾を開けろ!」
偉そうにシェアトが指示をするとエルガは目を細め、笑った。
「へえ、盾の無い間は君があのサンダーボールをキャッチしてくれるのかい? よろしく頼むよ! 違うならカイには大変申し訳ないんだけど、後ろから回りこんでもらうしかないね!」
「カイ! 盾の後ろから入れ! ……ったく、姫様のお散歩が終わったらテメエを希望通りギタギタにしてやるからな……!」
「カイに注意した人とは思えない言い草だね……。問題にならないように穏便に終わらせられない?彼も冷静じゃないみたいだし、一度頭を冷やした方がいいと思うなぁ……。君達も、ね。まあ言っても無駄なのはもう十分過ぎる位に分かってるんだけど」
まだ説得を諦めきれないルーカスは合間を見ては話しかけているが、やはり無駄なようで、二人の耳には入っていないようだ。
そうこうしている内に甲斐がシェアトの指示通り三人の後ろへ回ると盾の範囲に入ると、シェアトがエルガの横に立ち、手に炎を集めていく。
「覚悟しとけよプライド野郎……! エルガ、息合わせろよ! せーのっ…」
「オラアアアアアア!」
野太く響いた咆哮は言うまでもなく、エルガではない。
そして綺麗な黄金の髪をなびかせながらシェアトの隣にいたはずのエルガは前へ吹っ飛んでいった。
ルーカスにとって、この光景は何故かスローモーションに見えた。
次に視界に入り込んで来るのは、見事なフォームでシェアトへ跳び蹴りをかまし、今正に着地しようとしている甲斐だった。
ほんの一瞬の出来事だったが、術者が吹っ飛んだ瞬間から盾は消えていた。
シェアトが目の前の甲斐の裏切りに気を取られた間に、ビスタニアは攻撃を仕掛けた。
飛び蹴りを受け、地を転がったシェアトは運がいい。
サンダーボールと称された魔法が彼が立っていた場所目掛けて飛んで来ていたのだから。
「っしゃあああ! 次はお前だ黒髪……! 地にひれ伏すがいい……あれ、伏してる」
「おいおいおいおい! 冗談だろ!? エルガに対して蹴りをくれてやりたい気持ちは痛い程分かるが、何も今じゃなくてもいいだろ!」
「何やってるの! 下がって下がって!」
ビスタニアの放つ攻撃は中心が白く、その周囲は紫色に発光しており、甲斐だけを避けて地面に頭を何度も打ち付け昏倒しているエルガ以外の二名を狙っている状況だ。
すんでのところでルーカスがシェアトを引き寄せると、光はまたもシェアトが立っていた場所へ当たると激しい爆発を起こし、地面がえぐれた。
「て、て、てめぇ! 芝の精霊は石畳はどうでもいいってのかよ!? ルーカス! 盾出せ! あいつみたいにでかいのじゃなくても、俺達が狙われてんだからくっついときゃいいだろ!」
「……僕は詠唱しないと出来ませんけどね! 守るには力・戦うには心・導き出すは勝利への道標!」
「オラアアアアアア!」
盾が出るか出ないかの刹那、目をぎらつかせた甲斐が助走を付けて跳び、シェアトの顎目掛けて拳を振りかざした。
ノックアウトされる寸前で両腕をシェアトが掴むと負けじと甲斐も掴み返し、双方離さずにルーカスの背後で力比べをしている二人が出来上がった。
「やべぇ! なんだこのバーサーカー!? なんのつもりだよカイ!」
「えぇ~。ちょっと放してもらえますぅ~? 意識と一緒に」
「誰が手放すか! なんで攻撃してくんだよ!? 邪魔すんなって!」
「なんでって……上手くいったらナバロと仲良くできそうだから?」
そんな事だろうとは思っていたが、こうも嫌いな人間と仲良くしたいと言われると面白くない。
「しなくていい! 女といえどこれ以上邪魔するならぶっ飛ばすぞテメェ!」
「へぇ……? 腕がどこまで反対側に曲がるか体験学習したい?」
珍しく強気のシェアトだったが、あっという間に甲斐に競り負けて足が地に付き、体ごと下に沈んでいく。
淡々と義務的に攻撃を撃ち続けているビスタニアはその様子を見ながら、やはりあの女には関わらない方が良さそうだと心に刻み込んでいた。