第五十九話 シンクロなんてするもんか
この女の思考はどうなっているんだ。
友人は間違いなくあいつらの方だろう、なのに何故意気揚々とこちらに向かって来たのか分からない。
そういえば元々この女には空気を読む、という能力が欠落しているような気もしていた。
恐らくこの状況も能天気なこの女の頭の中では、男同士のじゃれあいとでも変換されているのだろう。
ビスタニアが試しに放った全ての攻撃は、ことごとくエルガが無詠唱で出現させた三人を覆う盾に弾かれて消滅したが、何もしなければしないで反撃されても面倒だと次々に光る球体を撃ち込みながら考えていた。
「汚ぇぞ! テメェんとこにカイがいたら攻撃できねぇだろうが! おい! 戻って来い!」
「やーだよーだ! 二対二でしょ!? どうせルーカスは審判なんだからいいじゃん別に!」
シェアトはとうとう返す言葉を失った。
そして助けを求めるようにエルガを見たが、彼はいつも通り微笑んでいるだけだった。
「……ヤバい、本気であいつの言っている意味が分からねぇんだがよ……。審判とかなんの話だよ……怖ぇ……」
「あーあ、君にはコントロールという言葉は無縁のようだしね。カイに攻撃を当てかねない、それはいわゆる君の死の瞬間になってしまう! やれやれ、結局は僕の活躍の場になってしまうようだ!」
そう言って片足で地面を強く鳴らすと、その足が光を帯びた。
片手をかざして盾の形状を保ちながら、半透明な盾に攻撃が当たる度に広がる閃光を目を細めて見つめている。
「おい……?」
一方で甲斐はただ立っているだけで誰も攻撃できぬ生きた盾となっている。
「さあ、やっちまいな! ナバロ! って言いたいんだけど、正直エルガのあの盾邪魔だよね……あの腕折れない?」
今度はビスタニアの返事が返ってこない。
攻撃音と弾ける音が近くで鳴り響いているのもあるが、無視している可能性の方が高い。
だが、確かに甲斐の言葉は無視していたが彼もまた彼女に呼びかけていた。
しかし前を向いたままこちらを振り返りもしない上、攻撃音に耳が慣れていないのか全く反応が無い。
痺れを切らせて甲斐の肩を掴み、思い切り自分の方へ引くと、思いの外簡単に引き寄せられてバランスを崩した。
それと入れ違いに甲斐の立っていた場所からは、人の腕の太さ程の植物の根が地面を割って、続々と触手さながらにその身をくねらせながら現れた。
対象を探しているのか、根がその場をのたうっている。
ビスタニアはすかさず炎を放つと、瞬時に熱を感知したのか、火を避けて割れた地面の中へ戻ってしまった。
「あ、惜しい。優し目の魔法だとどうしても邪魔されちゃうなぁ。シェアト、ちょっと頑張って赤い子を押さえられないかい?それにしても、僕の目の前でカイを抱きとめるだなんて中々度胸があるようだね…」
「おいこら、テメェ! 何触ってんだ! 人生からリタイアさせんぞ! あいつだけって絞れりゃ、火力じゃ負けねぇだろうし簡単なんだけどよ……。だからお前が先にカイを引き離すのが先だ!」
「はぁ……、もう二人とも……。このまま派手にやってたら先生来ちゃうよ……。喧嘩で攻撃魔法を使ったなんてバレたら説教だけじゃ済まないよ?」
巻き込まれる心配の無い、二人の背後からルーカスは再度忠告をするがビスタニアが甲斐に触れた事で二人はますます聞く耳を持っていない。
「まだ誰もここ通ってねぇから大丈夫だろ! 引っ込んでろ、審判! おいエルガ、早めになんとかしろ!」
「簡単に言ってくれるねぇ……、ずっとあの赤い子がこちらに向けて攻撃してくるから盾も外せないし、カイを巻き込む訳にはいかないだろう?こうなると僕は簡易的な魔法しか使えないんだよ。それとも、僕の代わりに防御しててくれるのかい?」
「……お前、月だろ? 防御と作戦専門だろ。俺は太陽だろ? 攻撃専門なんだよ! おいおい、頼むぜ! もしかして忘れちまったのか!?」
要は防御などできやしない、とでも言いたいのだろう。
「そうだったね、すっかり忘れていたよ。そして僕にはこれが終わったら君のコントロール力を上昇させるという使命があるみたいだね」
やはり自分でどうにかしなくてはならないようなので、考えを巡らせ始めた。
背後では誰かが通りでもしたらと思うと気が気ではないようで、ルーカスはせわしなく周囲を見回し始めている。
「うおおお、何今の何今の何今のおおおおぉぉお!? 絞め殺そうとしてたよね!? ねぇ!?」
「うるさい離れろわめくな。足手まといだ、向こうに戻れ」
引き寄せられた状態のまま、ビスタニアにもたれかかりながら騒いでいると、荒く押しのけられてしまう。
しかし、彼女は目を輝かせて笑っている。
「あれぇ~? もしかしなくてもぉ~? 助けてくれちゃった感じ? ねぇ? あんなにクッソミソに言ってくれてた子を助けてあげちゃった感じ?」
口にわざとらしく手をやり、腹が立つほどににやついている。
「お前が呼んでも気付かないからだろう! 次は無いからな!」
「はいはい、強がっちゃって~。よし、ならばあたしも役に立ってあげようナバロくん。発見があるのだよ! 聞きたいかね?」
何を言っても無駄なようだ。
どうせ聞きたくないと言ったとしても聞かせるのだろう。
「……どうせ下らないとは思うが、一応聞いてやる。俺は早くこの遊びを終わらせて寮に戻りたいんだ」
「ふっふっふ、教えてあげよう! 魔法が鬱陶しいなら、魔法使ってる人をぶちのめせば魔法は出なくなる!どうだね!?」
もはや、溜息すらも出てはこなかった。
「……貴様を、ぶちのめしたい。奴らよりも先に、だ……。いいか……?そんな事は百も承知だ! このバカ女が!」
「やだなーもう! 最後まで聞いてよ! そこでだ、あたしがお手伝いしてあげようと思うんだがどうかな?」
そう言うなり、ぐっと顔を寄せ何かを囁いた。
何を言われたのか、ビスタニアは焦っているようだ。
その様子を見て面白くないのはただでさえ荒れている二名だ。
更に疲れた顔をしているルーカスは、間違いなくこの場で唯一の被害者だろう。