第五話 彫刻の君
おかしな間が、二人の間に流れていた。
堂々と言い放たれてしまったが、生憎ナヴァロなどという少し発音の難しい単語は聞いたことも無かった。
まるで常識のように言い放たれたが、何故なら甲斐は編入生どころかそもそもここの生徒ですらないのだから。
「ごめん、知らない。ちなみにあたしはトウドウ・カイだよ。どこの誰かについてはノーコメントで。でもそっかー、困ったな。誰か携帯持ってる友達とか連れて来てよ。どうせ一緒にいたくないだろうし、あたしここで待ってるからさあ」
「平然と何を口走っているんだ貴様。もういい、話していても時間の無駄だ。もう俺は行くから付いて来るなよ!」
「待ってって! ラスト! これがラストだから! 玄関ってどっちに行けばいいの?」
こちらを見たビスタニアは最初に見せた引きつった顔よりも更に酷いことになっている。
これは怒りのせいかもしれないが、甲斐にはそんな表情は通用しない。
「あ、簡潔に。簡潔にね。余計な事は言わなくていいから。質問に対する答えだけお願い」
こめかみの青筋と口元ををひくつかせながら、甲斐の背後を指さして左へと指を曲げた。
そんな彼の様子を気にするはずもなく、示された方向を見つめると甲斐は雄たけびを上げた。
「うおおお! ありがとうぅ! いやほんとに教えてくれるとは! 全っっ然期待してなかったのに! なんだ、近くまで来てたんじゃん! やっと帰れるよー! いやあ、ほんとびっくりするほど嫌な奴だけど案外いいとこもあるじゃん!」
その雄たけびと剣幕に驚き、今まで一定の距離を取っていたビスタニアの反応が遅れ、嬉しさからぐっと甲斐が近付いた時に後ずさりが出来なかった。
そのまま甲斐はビスタニアの手を両手で掴んで引き寄せて上下に振り続ける。
「なっ、おい……!」
「んじゃね! あたしもいい加減寒いし帰りますわ! ありがとねー!」
ぱっと離れた時に、甲斐の髪からふわりと甘い匂いが淡く漂った。
ビスタニアは手を振りながら走っていく彼女を見ながら、この顔の熱さは調子を崩された事に対する怒りのせいだと何度も心で甲斐に対して悪態をついていた。
そして、頬の熱が引いてきた頃に思い出した事があった。
「(あいつ……玄関からどこに行こうと……? 足で外……? そういうお国柄か?)」
甲斐は指示通りに進んでいた。
大きな両開きの扉があり、躊躇せずに押し開くとようやく玄関のあるエントランスホールへと辿り着いた。
植物が多く、縦に長い窓が多く今まで通って来たこの建物のどこよりも明るい。
中央には白い彫刻の女性の像があり、その両手から水が溢れていく音だけが響いている。
差し込む光の当たり方が計算されているのか、女性の像の両手から流れる水には虹がかかっている。
「金持ち学校って恐ろしいな。なんだこの噴水……凄い綺麗なおねーちゃんだし……」
「あらありがとう。貴女もとっても美しいわ」
「いやあ、そりゃどうも……。おんっ!?」
片方の肩の上で布の端を結んでいる服を纏った、肉付きのいい女性の彫刻がにっこりとほほ笑んだ。
そして片足を出した姿勢をやめ、両足で立ち上がり、甲斐の視線に合わせるようにゆっくりと膝を曲げた。