第五十八話 初めての魔法戦闘
「カイ! 僕の到着が待ちきれなかったんだね?ごめんよ」
「待ちきれないのはエルガの沈黙だよ」
両手を広げているエルガを無視してシェアトとルーカスを見る。
「カイ、一人か。あいつ……ストゥーはどうした?」
「資料室。あたしは貰うもん貰ったんで退散してきたよ。そこにいますは本日二度目のナバロじゃん!何してんの?」
疲れた笑顔で迎えるルーカスと裏腹に軽い声を出す甲斐を見ていると本当に何も無かったようで安心した反面、これを知った時のクリスの勝ち誇ったような顔と小言が浮かんできた。
そのシェアトの表情の変化をビスタニアは見逃さなかった。
「良かったな、ご主人様が帰って来て。飼い主、躾がなってないぞ。人に吠えるような犬なら部屋から出すな」
「誰が犬だって?調子に乗るなよこの赤毛ぇ……! 俺が犬ならテメエはなんだ?噛み殺されてえのか?ああ?」
「あら、ご迷惑をおかけした? ダメでしょ、シェアト。ほらお手」
事情が分かっているのかいないのか、こちらに手を差し出す彼女はとても楽しそうだが手を置かなければ不本意な事態になりかねない。
だが憎き赤髪もこちらを見ている。
プライドを取るか、今この時も段々と目に力が込められていく女王を取るか。
渋々叩くように手を置いてみると、甲斐は初めて目にする心からの笑顔になった。
「なんだ本当に犬じゃないか、何も間違ったことは言っていないぞ。全く時間を無駄にした、暇な者同士人に迷惑を掛けずに楽しくやってくれ。くれぐれも芝の上は散歩させるなよ」
立ち去ろうとしたが、そう上手くいくわけもなく背中に幾つも衝撃が走った。
軽い物が地面に落ちた音がしたので見ると小石が散乱している。
シェアトの周りを囲うように小石や枝が続々と集まっては浮いていく。
「……散々喧嘩売っといてこのまま戻れるなんて思ってないだろうな?」
「ほう、ゴミがゴミを集めている。面白いな。友を呼んでいるのか?」
興味深そうに言った一言が合図になった。
全ての小石や枝が一度上昇してから一気に速度を上げてビスタニアに降り注ぐ。
しかし鼻で笑って腕を振り上げると薄い紫の幕が頭上に現れ、それに当たると全てが勢いを失い道に落ちていった。
「下らん、太陽組では砂遊びを習ったのか?」
「本気でぶちのめすからな、今更泣くなよ……!」
「あ、そういう感じ? あたしも入っていい?」
「カイ、危ないから下がって……カイ!?」
背中で手を組んでスキップに似たテンポでビスタニアの方へ向かう甲斐は、軽快な足取りでシェアトの真横を通り過ぎて行く。
くるりとターンをしてエルガの伸ばした手をすり抜けると、スカートが膨らんだ。
ルーカスの制止はやはり彼女にも届かないらしい。
そのまま呆気に取られる三人を置いてビスタニアの隣に並ぶと、声高らかに宣言した。
「ぼっこぼこにしてやろうよ、ナバロ!」
「か、カイ……?」
「待て待て待て! ちょっと待て! 戻ってこい!」
「カイ、君に攻撃なんて誰も出来ないよ」
予想外の展開にシェアトは取り乱し、エルガは試合放棄といったところだろうか。
ルーカスは口の端が上がりそうになるのを堪えていた。
「攻撃出来ないならこっちからするまでだ! ふははは! ナバロ攻撃~ぃ!」
確かにいいタイミングである、これを逃すのは勿体無い。
命令してくるのが少々癪に障るが手を前に振り切ると光る球体が順に現れ、それぞれが三人に分散して向かって行った。