第五十七話 なかなかうまくいきません
「待って待って、二人とも早いなあ……。あの二人、どこ行ったんだろうね。教材なんて進級したら部屋に届いてたし……、あ。選択科目の時は知書室に取りに行かなかった?」
「ルーカス、お前もう息切れしてんのかよ……。ああ! そうだな、てっきりあいつの部屋かと思ってたけど行ってみるか」
置いて行くわけにもいかず、止まってしまったルーカスに合わせて一旦休憩を入れる。
「カイの居場所が分かる地図を作っておくべきだったね……。僕はなんて愚かなんだ……!」
ルーカスの呼吸が少し戻り、今度は早歩きで三人は動き出した。
心なしか段々と速度が上がっいき、東館への道を外れて近道の為に芝の上を歩いて行く。
目印にしているベンチの横を抜け出て入り口へ向かう時に、一瞬何かが聞こえた気がして振り向く。
「耳まで悪くなったようだな。芝の上を歩くなって言われなくても分からないのか?」
ちょうど東館から出てきて歩いていたビスタニアは、ベンチの横から現れた三人を目撃してしまったようだ。
この三人だともう少し早く分かれば話しかけもしなかったが、後ろ姿だったので気付くのが遅れて声をかけてしまった。
振り向かれてしまい、今更もういいとも言えそうにないのを察し、面倒事の種をまいたのを痛感した。
「なんだよ、人と話さなすぎて声の出し方忘れてんのか? 虫の羽音のがもっといい音出るんじゃねぇの? こっちは急いでんだよ」
「ほう、やはり頭が悪い奴は頭の悪い事を言うんだな。急いでいるのが芝を通る正当な理由になると思っているのか?」
「おい、何が言いてぇんだよ。お前芝の精霊かなんかか?」
「芝は踏まれて美しくなるともいうからね、芝生の精霊さんなのに知らないのかい?」
今は彼に構っている場合ではない、甲斐の一大事…かもしれないのだ。
その思いが珍しくエルガを加勢させた。
「適度に踏むのはいいが、貴様らのような者が増えてしまっては傷んで枯れてしまうだろう。いいか、『道』というのは今いる場所を指すんだ。一つ賢くなったな」
「ああ、ああ、そうかいありがとよ。じゃあ芝の精霊さんはちゃんと毎日、一日中芝生の見張りをしておけよ」
「ふん、低レベルは低レベルとつるむんだな。あの馬鹿女も野放しにしてないで首輪を繋いでおいてくれ、迷惑だ」
二人の背後でルーカスは止めに入るタイミングを伺っていたが、完全に今の発言でその機会は失われたようだ。
数秒の間が、この場の緊張感を高めていく。
「カイがお前みたいな糞野郎に馬鹿呼ばわりされるいわれはねぇよ。訂正しろ」
「芝生へ注ぐ熱情を少しは女性に対するマナーに向けてみては如何かな? そうでないと、君は痛い目を見るだろうね。それとも痛い目を見なきゃ分からないのかな?」
「事実を言ったまでだ。馬鹿しかいない空間で生きていくにはいいだろうが、ここは学校でそんな場所は無いんだ。くれぐれも俺の邪魔をしてくれるな」
「お前、俺に負けてんの忘れたかぁ……? それとも、今ここでリベンジしたくて吹っかけてんのか?」
「シェアト! カイを迎えに行くんじゃなかったの!?」
このままでは本当に戦闘になってしまう。
甲斐の事をそこまで本気で心配している訳では無かったルーカスだが、揉め事は避けたい一心で声を上げた。
「迎え? 気が利くじゃん。……全然そんな風には見えないんだけど」
膨れたスクールバッグを肩に下げて、重いのかバッグのある右側に傾いている甲斐が話しかけるとその場の全員がこちらを向いた。