第五十六話 それは食べても安全ですか?
「遅ぇな……なあ、もう一時間経ったぞ? あの野郎、まさかおかしな真似してるんじゃねえだろうな…」
「はいはい、さっきも同じこと言ってたじゃない。もう、何がそんなに心配なのよ!」
「シェアト、君の気持ちにこんなに寄り添える日が来るなんて思わなかったよ……」
太陽組の広間では活発な生徒達が多く集っており、賑やかな雰囲気だがその中で苛立っているのはシェアトとエルガだった。
移動してきてからずっとこんな調子なので、気にならない訳ではないのだがクリスは呆れて口調が荒くなる。
「そこまで信用の無いストゥー先生が可哀想に思えて来るよ……。全く、あのカイなんだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そ、それはどうかと思うよぅ……。昨夜だってお風呂で倒れちゃったしぃ……」
ルーカスへ反論するか細い声にシェアトの貧乏ゆすりが止まった。
全員の目が自分に向いているのに耐え切れず、下を向いてしまう。
「なんだそれ、おい! 聞いてねぇぞ! あいつ体調悪いのか!?」
「お風呂場でだって……!? フルラ、今後僕は君に冷たくあたってしまいそうだよ……!」
「貴方達どうしたら人が驚くのか研究しているの? だったら大成功だわ! 違うなら人の耳元で大声出さないでちょうだい!」
「さっきは元気そうだったけど……。お風呂場でって事はのぼせちゃったのかな?」
一気に二人に詰め寄られ、委縮してしまったフルラは小さくなって下を向いてしまった。
ルーカスがシェアトのみぞおちに肘を入れて黙らせ、フルラに柔らかい声色で尋ねると小さく頷いた。
「た、たぶんそうだと思うのぉ……。気付いたら浴槽に沈んじゃってぇ……」
いきり立っている二人に怯えつつも、優しく問いかけてくれたルーカスに答えると、症状が悪化してしまった。
「ふ、フルラてめえ! 一緒に風呂入ったのかよ!? どういう関係なんだお前らは!」
「なんだい、それは自慢のつもりかい!? それとも僕に対する牽制なのかい!?」
今にも泣き出しそうな顔になり、クリスの背後に隠れた直後に盾となる彼女の怒号が飛び、乗り出していた身を引っ込めるしかなかった。
「貴方達がこんなにどうかしてると思わなかったわ、もう病気よ! 一体なんだっていうの!? ただ教材を取りに行っただけじゃない! それともそれを口実にして先生の部屋にでも連れ込まれてるって思ってるわけ!? まさかそんなハレンチな事態が巻き起こってるなんて馬鹿げた考えしてないでしょうね!? 貴方達の非凡なる思考を是非お聞かせ願いたいわ!」
「はんっ、あんな奴に猫なで声出してるクリスさんのとろけた頭じゃ言っても無駄だろうな! ここでうだうだしてんのも無駄だし迎えに行ってくる!」
「シェアトだけで行かせるのも悪いし、僕も行くよ。カイも一番に僕の顔が見たいだろうしね」
「……呆れた、過保護にも程があるわ……。 いいわ、私には特別な『待ち合わせ場所で人を待つ』という力が備わっているからどうぞご遠慮なく。気が済むようにしたらいいわ」
ルーカスも答えることなく広間を出て行ったのを見て、やれやれといった雰囲気だったが立ち上がるのを見て、一人で残るのは嫌なのか背後にいるフルラを後ろ手でぎゅっと捕まえた。
クリスのいう事が正論なのは分かっているが、この学校の教員は皆癖が強いのだ。
ストゥーは女子生徒にのみ非常に優しく、そしてスキンシップが多い事もそうだが軟派を装ってはいるがどこか陰があるのも警戒させるには十分な理由だった。
甲斐の存在は他と違う。
その事は教員達は知っているだろうが、ストゥーが異世界から来た少女に興味を持っても面倒だし、例えば元の世界に戻る方法を知っているなどと持ち掛けて油断した隙におかしな魔法をかけないとも限らないのだ。
先生だといっても所詮は職業の肩書きであり、先生と生徒という浅く表面上の交わらない関係を続けていくだけなのだからどんな人物かなんて分からないのだから。
そんな可能性ですら考えもしないクリスの浅はかさにも、何故かここまで疑心暗鬼になってしまっている自分にも嫌気がした。