第五十四話 胸が高鳴る高血圧
「ご心配ありがとうございます、でも嘘じゃなくて本当に大丈夫ですから。 ビンビンですから」
「うん、良かった。何がビンビンなのかは聞かないけど、その言い方はやめようか」
知書室へ入ると静寂の中で自習をしている生徒が多い。
本をバリケードの様に積み上げている者や、机いっぱいに本を開いている者が一瞬こちらを見るとまたノートに筆を走らせた。
その中に一人、口が思い切り開いている者がいた。
燃えているような赤い髪の毛の彼は片手に小さな本を持っているが机は綺麗なままなので、読書に来ているようだ。
「あ、ナバロだ」
「おや、ナヴァロ君とも知り合いなのか。挨拶でもして来る?」
「九割糞野郎ですよね、彼。一割は押しに弱い。てことで少々お待ちを」
寄って来た甲斐から目を逸らして急いで本に目を落とすが、どうやら遅かったようだ。
迷うことなくビスタニアの隣の席を引いて座ると、怪訝そうな表情が深まった。
「やっほ、何読んでるの? 無視したら騒ぐ」
「ふざけるなよ……、見れば分かるだろ。寄らなくていい、そこから見ろ」
やりかねないと思ったのか背表紙をこちらに向けたので見ると、『歴代指揮作戦全集』とある。
勉強なのか趣味なのか、はたまた両方なのかは分からないが休日だというのにこんな本を一人で読んでいるビスタニアに同情の視線をぶつける。
「やめろその目を! 腹立たしい! なんなんだお前は!」
「ねぇ、ナバロは何してんの? 本好きなの?」
「こちらの言葉は無視なのか……。ここを何処だと思っているんだ、日々知識と経験を積んでいくのが目的だろう。時間なんていくらあっても足りない位だ、理解出来たら邪魔しないでくれ」
「ふぅん。へぇえ。ほぉお。まあ、ナバロはそれだけ頑張れるならやりたい事があるんだね」
「なんだその人を馬鹿にしているような反応は……! 当たり前だ、俺はナヴァロ家の長男なんだ。ああ、貴様は発音さえもままならないんだから到底話にならないな」
首を振り、これ以上話す気は無いと言った様子で眉間を押さえた。
だが、そんな様子を見ても甲斐が引くはずはないのだ。
「相変わらずの性格の破綻っぷりが堪らない! そうじゃなくて聞きたかったのはナバロの話なんだけど……まあいいや。あたしも忙しいからそろそろ行くね。んじゃまたね」
本を閉じて言い返すよりも早く、甲斐はこちらを笑顔で見守っていたストゥーの元へ戻って行き、二人は資料室へと入ってしまった。
冷静さを取り戻そうと座り直す時に、周囲の無言の圧力を感じて顔を上げれば迷惑そうな生徒達の射るような目線が居心地を悪くする。
この後にまた厄介な女に捕まるよりも、この場を離れた方が自分の精神衛生上良さそうだ。
まだ読み切っていなかったが本を元の棚に戻すと知書室を後にした。
今回もまた、彼女に言い逃げをされたようでビスタニアは怒りに満ちていた。