第四話 言い合い
両者、一歩も動かなかった。
その状態に痺れを切らしたのは甲斐だった。
というよりも振り返った状態の首が疲れ、体ごと赤い髪の少年へ向き直ったのだ。
「あの、携帯貸してもらえないですかね。いや、貸して欲しい。拒否権とか無い前提ですから」
「うわっ! 前はもっと酷いな……これは……酷過ぎる……」
赤い髪をした少年にお願いしてみるも、返ってきたのは残念そうな声と表情だった。
「なっ……なんだこいつ、 髪型変だし超態度悪い!」
気持ちをそのまま口に出した甲斐は、はっとしたように取り繕う。
「あ、まずい口に出してしまった。へへへ、冗談でっせ。さあ大人しく携帯を出してもらおうか」
じりじりと距離を詰めるも、近づいた分だけ後ずさりされてしまう。
「なんで下がるんすか。携帯貸してくれたらあんたになんて用無いんすよ。ホントマジで。ちょっと、何さっきより下がってんすか。むしろあんたじゃなくて携帯に用があるんすよ!」
「くっ、来るな! こいつはなんだ、一体何を言っているんだ……!?」
「あああイライラするうう。なんすか、まずなんで下がってくんですか!? お願いしているでしょう! ねえ! あれか?女性恐怖症か!?」
どうにも上手く事が運ばない事に甲斐は苛立ちを見せた。
「ふん、笑わせるな。どこに女性がいるんだ。そんな下着のような格好で校内をうろついて、あろうことか裸足でだ! 貴様、そのジャケットは一体なんの意味があるんだ!?」
「あたしだって好きでこんな格好でうろついてんじゃないわ! ふざけてんのか! あっ……ジャケット……」
ようやくルーカスから借りたジャケットに気が付いたが、今はそれどころではない。
次にいつ出会えるか分からない人間を逃すわけにはいかないのだ。
だが事態は好転するどころかどんどん悪くなっている。
彼は少し顎を上げ、見下すような表情で甲斐の羽織っているジャケットを見つめると、やがて馬鹿にしたように笑った。
「なんだ、やはり星屑か。貴様のような奴までいるとは流石だな。うちの組はありえんと思っていたがやはりそうか。害が他の奴にも及ぶ前に着替えろよ」
「何言ってんのかちょっとよく分かんないけど、なんていうか糞野郎だなあ。あら、また口が勝手に。ちょっと何勝手にユーターンしだしてるんだよ! 携帯貸しなさいってばもおおおお!」
「さっきから貴様、何を言っているんだ!やめろ、近寄るな! 離れろ! そのケイタイだかは他の奴に借りたらいいだろう! お前と一緒にいるところを見られたらどうするんだ!」
ずかずかと赤い髪の少年に近づくが、しっかりと大きな歩幅で後退される。
「そんな性格だから連絡取る人もいないの?だから携帯の存在すらも知らないの? ねえ、ほんとそういうのいいから。……えっ、嘘でしょ? 本気で携帯持ってないの?」
やっとどうにかなりそうだと思っていたが、今度は役に立たない上、どうにも馬が合わない奴に出会ってしまったようだ。
「だからさっきからそう言っているだろ! さっさと授業でも部屋にでも戻れ! 必要以上に絡まないでくれ!下着姿の女と下手な噂が立ってみろ! ナヴァロ家の恥になる!」
「え? ナバロ? なんて? そして、これは、下着では、ない。っていうか本当に失礼だな。人様に対する態度教えてもらってないの?」
「失礼なのはどっちだ! 公共の場でそんな不埒な格好をしてうろついて! 常識が欠落しているんじゃないか!?」
そして彼は、まるで切り札のように言い放った。
「俺はビスタニア・ナヴァロ、聞いたことぐらいはあるだろ! ……もしかして編入か?」