第四十七話 一緒のベッドで寝てみたい
「じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうかしら。早い内にこの目をなんとかしないと、明日部屋から出られなくなっちゃうわ」
「私はカイちゃんが部屋に戻るの初めてだから、付いて行くねぇ。……ま、また、明日あ……」
顔を赤くして言うフルラにそっとクリスが抱き付くと、そのまま甲斐にも手を伸ばして抱き寄せた。
細身に見えたが、彼女の胸は非常に弾力があり、嗅いだ事の無い甘いような粉っぽいような香りがする。
「ありがとう、カイ。貴女のおかげよ。私、もっといい女になれそうだわ」
「どういたしまして、目の腫れ引くといいね。また明日」
「カイちゃんは太陽だから……あっちだねぇ」
「どうせ今日はもう遅いし、わざわざ戻らなくてもいいじゃん。あたしの部屋で寝れば?」
「ええぇ!? い、いいのっ!? ありがとぉ……すごい、うれしい……! 誰かの部屋にお泊りなんて、初めてだよぉ!」
思えばこの二日間で甲斐は色々な体験をした。
朝に目が覚めてから、今に至るまで余りにも突拍子の無い事ばかりでとにかく必死だった。
しかし、運良くこうして安全なこの学校に留まれるのもあの三人のおかげだろう。
嫌な顔一つせずに懸命に右も左もわからない自分の為に動いてくれたのは、本当にありがたかった。
明日も休みだと言っていたので、土日が休みのようなものだろう。
基本的な事は元の世界と何ら変わりはないようで、そこも助かっている。
しかし、こうも普通の人ばかりだと、たまにシェアトが言ったように本当に旅行に来ているような気持ちになってしまうのだ。
外見は外国人ばかりだが、会話も出来るし反応も笑い方も前の世界の学生と変わりは特に無いようだ。
だがこれに魔法の世界のエリート校の生徒という、常識外れな肩書が付くのだ。
何度も目にした今までの常識では説明のつかない事、全ては紛れも無く魔法だった。
自然と存在している建物内の驚くような仕掛けも、魔法なのだろう。
明後日からは魔法の授業に自分も参加するというのだから、人生何があるか分からないものだ。
そしてこの二日程で友人が増えたのも驚くべき所だろう。
今こうして隣で破顔しているピンク頭もそうだが、クリスだってそうだ。
何か放っておけない様子の彼女達は、やはり年頃だからなのだろうか。
それともここに身を置く者達は、年相応以上の思いを持って生きているのだろうか。
そんな中で自分が考えてもどうにもならない悩みを持っている自分は、どれだけ飄々として見えるのだろう。
料理も美味しく、何もかもが新鮮なここでの暮らしも悪くなさそうだ。
留学とでも思って毎日をせっかくなので楽しんでいこう、そう思うと心が楽だった。
「ここだよぉ、お疲れ様ぁ! 到着ですぅ!」
部屋の中はすでに電球色の明かりに満たされており、ドアの横には両開きのクローゼットの扉があった。
中には初日に甲斐が着ていたミニワンピースや引き出しを開くと下着が沢山入っている。
そして一人用にしては少し大きめのベッドが右側にあり、大小さまざまな形と硬さの枕が並んでいた。
ベッドの反対側には小さな化粧台があり、化粧水や見たことも無いボトルが所狭しと並んでいた。
鏡に映った自分は、思ったよりも元気そうで手元にあったブラシを使って髪の毛をとかしてみると一度で指通りの感触が見違えるほど綺麗に整った。
甲斐の部屋の隣にも部屋があったはずだが側面には大きな窓があり、夜空が切り抜かれている。
残念ながら開くことは出来ないようだが、室温は最適で窓には豪華なカーテンが付いていた。
ベッドに接している壁にはドアがあり、開かなかったがフルラいわく空き部屋だろうとのことだった。
ベッドに靴のまま仰向けに倒れ込むと、一瞬体が弾みで浮いたがすぐにマットレスがほどよく沈み込み、甲斐を受け入れた。
「カイちゃん、制服のまま寝ちゃだめだよぅ! シャワー浴びないと!」
「おお、シャワー。でも行くの面倒だな」
「ドアのとこにダイヤルあるから回せばシャワー室だよぅ。ほらほらタオル出してあげるから!」
「え~代わりにフルラが入って来てよ~」
重い腰を上げて入って来たドアを見ればノブの上にダイヤルがあり、その周りには四つの文字が書かれている。
今は三角のマークの頂点が『廊下』になっているが、カチカチと横に回して『シャワー室』へダイヤルを合わせるとチンっと古風な音が響いた。
覗ける程度にドアを引くと中は広々としたバスルームだった。