第四十六話 そのマフィンは結構です
「あっ……か、カイちゃ……おかえりぃい~」
男子三人の中で余程心細かったのだろうか、誰より早く立ち上がるとカイに寄って行った。
クリスは慌てて背を向けてしまっているが、にこにことしたフルラはそんな彼女と甲斐を見比べてより一層笑顔になった。
「んだよ、さっきまでこのピンクチビ、にこりともしなかったくせに。なんとかなったみたいだな、俺は流石に眠いから部屋に戻るわ」
「止めてくださいぃい。髪の毛引っ張らないでえええ!」
「やめなよシェアト……。僕も戻るけど……これ二人に。ご飯食べれなかったでしょ?」
紙袋を差し出したのはルーカスだった。
そしておまけのようについてきたのは彼の甘い笑顔。
「貴方が天使? ルーカスを構成しているものはもしかして愛なの?」
「ちなみにこれは僕からさ! 僕とカイとの関係の様に甘い物を詰め合わせて来たよ!」
「サンキュー、蟻も喜ぶと思うわ」
「地面にいる生き物への慈しみも忘れない、そんな君の優しさは僕の心を浄化していくよ! ところで何故彼女は背中を向けているんだい?」
三人が中々立ち去らないので、クリスは振り向くに振り向けないままだった。
「うわあ、徹底してて尚更面倒だなあ。いいよ気にしなくて、じゃあ三人共おやすみ」
本当に眠そうなシェアトを連れて戻っていくのを見送ると、女子三人が残された。
クリスがようやく何度か様子を見てから正面を向いた。
「なんだろ、これ。とりあえずクリスにあげる」
「やりきったわ! 守り切ったのよ! それにしてもあの三人と本当に仲が良いのね」
「……そう? あの三人だし、皆仲良くできそうじゃない? ……ああ、違うね。なんだっけあのつんけん野郎……」
「……つんけん野郎? 待って、カイ。カイが私にくれたこのマフィン、中身がどんどん溢れてくるんだけど。これ何の汁かし……ら……?」
「く、クリスちゃんそれ食べるのぉ……? カイちゃん、どんなに探したって海老系の物は入ってないと思うよぅう。ねえ、いい加減海老から離れてよぅ……」
「ちっ、使えない三バカだな。思い出した、ナバロだかだ。つんけん野郎」
クリスの手が、マフィンを強く握った為に中の得体の知れない何かの知るが手から滴り落ちた。
「ナヴァロ……、カイはナヴァロの事をもう知っているのね。彼も結構有名人よ」
「有名? まあ、あんな態度してたらそら有名になるわな。うわ、それなんか刺激臭がする。それ本当に食べれるの?」
「あれぇ、カイちゃんは聞いたことない? ナヴァロくんのお家自体かなり有名……むしろ代々、世界的に活躍してるんだよぅ。本当にエリートさんなんだよぉ」
この世界で有名な名前だという事は前から何度か言われてきたが、余り気に留めていなかった。
しかし知らないと突き通すのもおかしい気がして、適当に調子を合わせる。
「……聞いたこと、あるような、ないような?でもそれってあのつんけん野郎が有名な訳じゃないでしょ。そんだけ良いとこのお家の出がここにいるってことは、やっぱり凄い学校だよね」
「そうね……、家柄もそうだけどやっぱり血筋とも言うのかしら。ナヴァロ家は皆ここの卒業らしいし……。この学校ってね、どんなにすごいお家の子だとしても入れない人は入れないもの。 ……あら、意外においしいわよこれ」
無意識のうちに口に運んだクリスは、意外な感想を口にする。
しかし甲斐もフルラもそれに対してはノーコメントだった。