第四十五話 何が欲しいか知ってるか
「っ……私は……、変わらないと……だめなのよ……。ティナ達が悪いんじゃないの……、無理にそこに……っく、なじもうと、したから……でも、今更……どうしたらいいのか……かんなくてっ」
たどたどしく震える声しか出ず、目の近くの鼻が熱く痛む。
自分の胸が息を吸う度に何度も振動し、拭いきれない涙は首筋を伝ってシャツを濡らした。
「だからっ……だから、もう一度……最初からっ……やり直したいの……」
それはずっと、何度も思っていた事だった。
本当は全てやり直したい、全てを捨ててしまいたい夜だって何度もあった。
もう一度やり直したい、無理だと分かっていても思わずにはいられなかった。
何処で間違えたのかも分からないが、今ある全てを捨ててでも自分をやり直す機会は今を逃したらもう訪れない気がした。
これ以上、何かを失ってはいけないと最初で最後の警告が自分の中で鳴り響いたのだ。
「でも……一人になるのはっ……やっぱり、怖いのよ……。だからっ……今日ぐらい、泣いても……っく……いいかしら……」
「どうぞどうぞ。ほれ、胸は無いけどいらっしゃい」
両手を広げて軽口を叩く小さな少女の眉間からはもう、皺は消えていた。
思わず笑ってしまいそうになったが、クリスは地面を気にすることなく座って甲斐に抱き付いて泣きじゃくった。
肩に回された手は熱く、優しく背中を叩くもう一方の手は流れる涙が無くなるまで、一定のリズムを刻んでいた。
「……はあっ、はぁ……。あっ、ご、ごめんなさい! カイのシャツ、透けてるわ!」
落ち着いて顔を離してみると、甲斐の上半身のシャツは涙によって下に着ているキャミソールがくっきりと見えていた。
慌ててポケットからハンカチを取り出して拭こうとするも、断られてしまう。
「いいからいいから。あたしのセクシーレベルの心配よりも自分の顔を心配した方がいいかも」
「そ、そんなに酷い顔してる……? 明日は目が腫れそう……」
もう彼女のぱっちりとしている目の面影はない。
「出目金みたいになってるけど、目がアレなだけだし大丈夫じゃない? ……お腹空かない?」
「目って顔のパーツでかなり大切な部分よ! ……言われてみたら、そうね。でももう食堂も閉まってるし……あ、私部屋にお菓子ならあるわよ」
「だいじょーぶ! きっとシェアト達が適当に持ち帰って来てくれてるよ、行こ」
さっさとアーチを進んで行ってしまうので、急いで甲斐の前に立って進行を阻もうとしたがすぐにかわされてしまう。
「ちょっと待って!? 私も行くの!?」
「いや、別にお腹空いてないならいいけど。 あたしは餓死寸前だから、もう限界だから。誰かさんのせいで」
「息をするように嘘をつくわね。お腹は空いてるけど、でも……シェアト達ってことは、あれよね? エルガにルーカスもいるのよね?」
「……いるけど? ああ、あときっとフルラもいるけどいじめないでね?」
「カイこそ私をいじめないでよ……。だって、私目が腫れてるのよね!? この顔で男子の前に行くの!? 冗談よね!? カイ、ああもう! 貴女ってサイコーなんだかサイテーなんだか分かんないわ!」
「ど、どうしたいの、顔を取り換えたいって事?」
訳が分からない甲斐に、何から説明すべきかとクリスは両手を上げてみたがやがて諦めたようだ。
「……惜しいわね、目の腫れを引かせたいの。だって自分でも視界の狭さが凄いのよ! こんな顔見せたら……もう……!」
「そんな無茶を仰る。なんか魔法でどうにかできないの?」
「そんな美容系の魔法はここじゃ教えてくれないのよ! ねえ、どうしたらいいと思う!?」
本当に困っているらしい。
甲斐には理解しがたい悩みだが、クリスの顔は鬼気迫っていた。
「なんだよ、楽しそうじゃねえか。心配して損したぜ。」
アーチの横にあるベンチにはシェアト達が甲斐の予想通り手に食べ物の入っているであろう紙袋を提げて座っていた。
クリスの目の腫れは引かないが、血の気がみるみる内に引いていった。