第四十三話 涙の理由によって
教員達は静寂の中、次々と席へ向かう。
五人の座る席は教員の真横に位置しており、ランフランクが通った際には甲斐に一瞬微笑んだ気がした。
夕食の料理が出揃うと、食堂は活気を取り戻した。
「カイ、やっぱ気にされてんだな」
「ん? ふぉうらね、ひゅん」
隣のシェアトはパスタを口に運び続ける甲斐を二度見した後、入り口付近にいる人影にピントを合わせた。
それはエルガも同じだったようで、全く顔を上げていなかったのにいつの間にか見つけていたようだ。
「ああ、噂の彼女じゃないか。おや、一人だね」
見ればクリスが座れそうな席を探しているのかあの三人組を探しているのか、食堂を見回しているのが分かる。
そして空いているテーブルは五人が座っているテーブルの周辺、教員達の傍なのだ。
顔をテーブルから離した時に、ちょうど甲斐とクリスの目が合ったのだが、クリスの方から先に目を逸らしてしまった。
甲斐は暫く口の中物を噛みながら動くのを停止していたが、何も無かったかのようにまたフォークに麺を巻きつける。
「いいのかい?」
「……ああ、今のあたしに言っひゃの? ごめんごめん、 久々にエルガがたしに対してまともな言葉話したからびっくりした」
水で口の中にある物を流し込んでから、エルガに問いかける。
「いいいのかいって、何が?」
「おっと、こちらこそときめかせる事を言えなくてごめんよ」
「あたしが今まで一度でもときめいていたと勘違いしているならこの瞬間からその認識を改めて!?」
分かっているのかいないのか、エルガはにんまりと笑った。
「クリスの事を気にしてるんじゃないかと思ってね」
「クリスは……いや、気にしてるっていうかなんか気になるだけ。でも、謝らないような女に構うほどあたしも心が広くないから今は、いいや」
「あの……カイちゃん……、その。クリスちゃんだけど……」
「だから、いいんだってば。フルラ、ちゃんと海老食べてる? あるよ?」
「え、海老はいいよぅいらないよぅう。それよりカイちゃん、クリスさんが……後ろに……」
「こんばんは、カイ……」
引きつった笑顔を張り付けて、いつの間にかクリスは甲斐の真後ろに立っていた。
クリスをまじまじと見ている甲斐を見ながら、テーブルに座る全員の手が停止した。
「その、ご一緒してもいいかしら? ……良ければ、だけど」
「他にも席、空いてるけど?」
甲斐はただ一言、そう言うと、すぐにまた自分の皿のパスタに取り掛かってしまった。
若干クリスの笑顔が更にぎこちないものになってしまったが、更に明るい声を出して甲斐に話しかける。
「……そうね、本当だ。今気づいたわ、ご親切にどうもありがとう」
そうは言っても、クリスはまだ立ち去ろうとはしない。
きゅっと一度唇を横に結んだ。
「……カイ、カイこっちを見て」
「……何か?」
「今更、なんて思わずに聞いてほしいの。ようやく私はカイの言っていた事が分かったんだから。朝は、本当にごめんなさい。……私、卑怯だったわ。そうだ……貴女にも謝らなければいけないわ、ごめんなさい」
「あぅ、いえ……。そんな……」
甲斐は首だけを動かしてクリスを見ていたが、目を合わせたまま何も言う事無く、その言葉に耳を傾けているようだ。
謝罪を終えると、下唇を噛んで今度は逸らさずに甲斐の目を見続けた。
その目には哀愁ではなく、誰もが分かるほどの悲しみが映っていた。
「私は、ティナ達……朝の女の子達よ、ティナ達とは離れる。もう決めたの。でも誤解しないでね、貴方達と仲良くさせてなんて図々しい事は言わないから。あの子達はもちろんいい所もあるの、でも少し行き過ぎた所があるだけで……って、こんな事……貴女にはどうでもいいわよね。でも、今朝の事でようやく決心がついたわ。あの子達も私も、成長しなくちゃ。……それだけ」
言い終わる頃、座っている甲斐のジャケットに何かが落ちてきた。
それがクリスの涙だと気付いたのは、ずっとクリスの目を見ていた甲斐だけだったかもしれない。
それほどまでに、クリスの声にも表情にも変化は無かったのだ。
ただただ笑顔で、はっきりと告げた彼女が泣いていると誰も思わなかっただろう。
だからこそ、甲斐が勢い良く立ち上がり、クリスの手を引いて食堂を出て行ってしまった理由が残された四人は分からないままだった。