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第三百八十四話 ルート8

 指を絡めた恋人繋ぎのまま、皆の元に現れた二人に祝福と驚きの入り混じった声が上がる。

 その中にエルガの姿は無かった。

 まだ片付いていない物があったのか、随分と出立の準備に時間が掛かっているようだ。



 幸せな恋人の後ろから、あからさまにしょんぼりとしているシェアトがとぼとぼと歩いて来ている。



 それに気が付いたルーカスがそっと近寄る。

 すると悲しそうながらも励ましに来てくれた事に対する喜びが読み取れたが、残念だったと言いながら笑いを堪えているルーカスへ怒りが爆発したようだ。



 甲斐は質問攻めにあっていたが、決してシェアトからの告白の流れについては口を割らなかった。

 シェアトに付き合えないと言うと、最初は冷静ぶっていたものの突然滝の様な涙を無表情で流し続けたのは二人だけの秘密にしておくらしい。



 クロスの荷物が妙に膨らんでおり、たまにもぞりと動くので誰しもが中にトライゾンが入っているのだと分かった。

 ちゃんと連れて帰ろうとしている姿に甲斐は口角が上がった。




「ほっときましょ、何をどう言ったって事実は変えられないんだから!」



 あれだけ葬式のような暗い雰囲気は嫌だと騒いでおきながら、シェアト本人がそうなっている。

 クリスは腰に手を当てて呆れたように言った。

 そして甲斐に向き直ると、とても嬉しそうに手を握る。


「……まあ当然の結果だと私は思うわ。おめでとう、カイ。そうだ、証書の裏に一言書いてよ! あとはカイとエルガだけなの。暇だったから皆の証書に寄せ書きしてたの。きっといい記念になるわ」

「ありがとう、ナバロを幸せにするよ。……証書に寄せ書き!? クリスって変なとこ大胆だよね……。あ! あたしのにも書いて! みんな何書いてるの?」


 クリスに証書を渡す代わりに、彼女から差し出されたカラフルに彩られた証書の裏面を読んでいく。

 一言ずつ書き込まれ、文末に名前が入っていた。




 大きく男らしい文字は意外にもウィンダムで『美しさよ永遠に……』と意味不明な言葉が書かれている。


 クロスの字は大人びているものの、文章よりもその下に描かれた妙に上手いロボットのイラストが描かれており、意外な才能に驚かされた。


 細いタッチで『この先も、君と』と書いていたのはルーカスだった。


 中でもフルラの字は丸くて小さいので名前を見る前から予想が出来た。

 『SPECIAL THANKS!』と簡単にレタリングされた文字の下に、不思議な単語がある。




「アイラブ……んん? あいらぶう?」

「カイ、そのUはそのままユーって読んでいいのよ。アイ・ラブ・ユーね。略っていうか……親しみを込めてこういう書き方をするの。沢山あるわよ! 例えばそうね、toを2にしてみたり。ちょっとお洒落でしょ?」


 言語共通魔法がかけられているので世界中の言語は当人に分かるように変換されて視界に入り込むが、略語の場合は違うようだ。

 まるで一種の暗号のようだと甲斐は微笑み、ペンを走らせる。


「ほい出来た! さあさあ、カイさんのお言葉が欲しい人は並んで並んで! 順番だよ!」

「あ、じゃあ僕のもお願いしようかな。なんて書くの?」


 かなり短いようで一瞬で書き終えてルーカスの手に証書を戻すと、わざとらしく甲斐から目を逸らしていたクロスから証書を取り上げ、素早く書き込んで返した。

 先に書き込まれたクリスは険しい表情でじっと甲斐の書いた文字を見たまま固まっている。


「あの……カイ、これ、なんて読むの? ……略語よね? 略語なのよね?」


 クリスの呼びかけも、全員に同じ言葉を書きに回っている甲斐には届かない。

 同じようにクロスは意味を考えて、頭を悩ませている。



「『√8』って……? これは、普通に間違って……? んん……?」



 ウィンダムとフルラにも同じように『√8』とペンを走らせ、悲しげな顔のまま他の人に寄せ書きをしてもらっていたシェアトの証書にも大きく書き込んでやった。

 最後に、ビスタニアのまだ白い裏面に鼻歌交じりに書き始めた。



 誰一人として正解が見つけられないでいると、腰に両手を当ててどうだと言わんばかりに咳払いをしている。



「ふふっふふぅ~! 愚かな者達よく聞けぇい !ルートは道! そしてただの略語じゃ物足りないであろう君達へ無限マークを8に見立てたのだ! あたしからのありがたいお言葉だよ!」




 その発表に皆脱力してしまう。




「わ、分かる訳ないですよこんなの……! 真剣に数学的問題なのかと思いました……。まあトウドウさんがそんな事考え付く訳ないですもんね」


 口ではそう言いつつも、少し悔しそうなクロスをクリスがたしなめる。


「あら、でも素敵よ。……今こうして私達は仲良く卒業したけどほんのちょっとでも何かが違ったら、食事を一緒にする事も、名前を呼び合う事すら無かったかもしれないんだから」

「そうだね、僕もきっとクリスの事を遠い存在のマドンナだと憧れたまま卒業していたかもしれない。魔力器だって、返す勇気が湧かなくて指にはまだあの指輪が嵌められていたかも」


 手を見つめ、そしてクリスを見つめる。

 こうして笑い合える相手がいるという事は、凄いことなのだから。


「わ、私も……きっと、ううん。絶対、自分一人じゃ変われなかった。恋も、友情も全部……全部知らないままそっと過ごして今日を迎えたと思う……」




 灰色の日々の中で、輝いていたのは甲斐だった。



 フルラはとうとう泣き出してしまった。

 だが今は、こうして抱き寄せてくれる恋人もいる。


「僕は赤くなるフルラちゃんを知っていたけど、良く笑う様になった君がとても可愛らしく見えた。それから気になっていたんだ。……本当に、不思議な分かれ道だ」


 雰囲気を壊すのはやはりシェアトである。

 

「俺だって……カイに会ってなかったら赤毛をこれ以上無い位嫌いになる事も無かっただろうしな…… 今この瞬間の様に! 結局運命は変わらねえなあ! ヘッヘッヘエ!」




 口々にもし、を語る友人達に甲斐は一瞬だけ表情が曇った。




 この世界に来た事によって数名の運命を確かに変えてしまった。

 もしかしたら自分がいなければ出会うはずだった恋人や友人の可能性を消してしまったのかもしれない。

 改めて考えてみると、それはとても恐ろしい事だった。







「俺はお前の事をそこまで嫌いじゃないぞ。謝らんがな」


 シェアトにこうして素直に笑いかけたのは初めてじゃないだろうか。

 ビスタニアはそっと口数が少なくなった甲斐の手を握った。


「……全く、大した奴だよ。俺がこの先ルートを間違えんように、しっかりこの手を繋いでいてくれ。無限に広がる道なんて俺一人じゃ到底歩けんからな」



 冷たくなっていた手を握ってくれたビスタニアの手は暖かい。

 強く握り返すと、前後に一つになった手が揺らされた。












 押し黙っているクロスは今までを思い返していた。


 フェダインに入学する決意をしたのはシェアトが休みになっても実家へ帰って来なかったからだ。

 その理由は甲斐が帰省出来る場所が無いのでフェダインで冬休みを過ごすからだった。

 監視役を請け負ったが、甲斐に異常なほど入れ込んでいるエルガに見つかり、そして助けてもらった。

 それに、トライゾンと出会えたのも。




 全て彼女がいたからだ。




 認めたくは無かったが、結果的に全員が良い方向へと進んだらしい。


 回されて来た甲斐の証書にそっと彼女の言葉である一見するととんちんかんな√8と、その横にイコールを付け足してXを書き、持ち主へと戻す。



「ありがとー! ……ん? クロスちゃん、これパクったな! イコール……クロス? ああ、名前代わり? うわ、あたし見破っちゃったよ! 悔しい? ねえ、悔しい?」

「……惜しい。Xはギリシアの読み方で貴女の名の読みになります。残念でした、悔しいですか?」


 舌を出すとすぐに背を向けたクロスの後ろで、甲斐は顔を赤くしていた。

 その様子にビスタニアはむっとして繋いだ手に思い切り力を込めて甲斐を悶絶させていたが、クロスは気付いていなかった。


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