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第三百八十三話 恋の行方



「シェアートー。式、終わったよー。どんだけここで熟睡してんの……」



 いつの間にか横になって熟睡していた。

 閑散としている。

 ここにいるのは甲斐と自分だけなのかもしれない。


 他の者の声が一切聞こえないのだ。


 まだはっきりとしない思考のまま、覗き込んでいる甲斐のネクタイを引っ張ると簡単に捕まえられた。

 引き寄せたまま上に乗せる形で抱きしめる。


「シェアトってば、おい! ぐるじいいいいい」

「なあ……、俺とこの先も一緒にいてくれねぇ? ……部隊が一緒、とかそういうつまんねぇ事は禁止な。……本気で、好きだよ」


 擦れた低音が甲斐の耳に残る。

 薄く開けた目は上で輝く明かりを捉えて眩しそうに更に細くなった。


「……あのね……シェアト……」
























 自室に荷物を取りに行っていた面々は魔方陣に並ぶ三年生を見ていた。

 一向に起きる気配の無いシェアトを甲斐に任せ、彼の分まで荷物をルーカスが持って来てくれた。

 甲斐の分の荷物は少ないのでクリス一人で持っている。

 クリスから貰った紙袋もちゃんと活用しているようだ。



 どこかそわそわとしているビスタニアは居ても立っても居られないのか、食堂近くまで迎えに行ってくると言ったきりまだ、戻って来ていなかった。



 外は春に近付いてはいるがまだ寒い。

 彼女のコートを手に食堂に続く渡り廊下を端から端まで行き来しているのはビスタニアだった。

 次に扉まで来たら開けようと三度目の誓いを立てたのと、甲斐が飛び出して来たのは同時だった。




「あれ、ナバロ! 何してんの……?」




 肝心の恋敵であるシェアトがいない事に安堵したが、甲斐の顔は桃色に紅潮していた。

 ぎこちなく笑う彼女を見て、胸が痛む。



 結果はもう、分かってしまった。



「……いや……、外は寒いぞ。……ほら」



 コートを渡すと袖を通したが前を締めようとしない。


 もっと早く、会えていたら。

 月組ではなく、太陽組だったなら。

 彼女の為に、最初から力を貸していたら。


 そんな『もし』が波の様に押し寄せては消えずに、嵐の様に渦巻いていた。




 目を合わせられずに先を歩く。




 遠慮なんかせず、あいつを起こしに行く前に思いを伝えていれば良かった。

 いや、それでもやはり結果は変わらないだろう。

 思っていたよりも、自分が小さい男だったと気付かされ、情けなくなる。



「なっ、ナバロ……。あの、あのさ……」

「……なんだ?」



 悲しさも、寂しさも、悔しさも全てを飲み込め。


 あと少し。

 あと少しだけでいいから顔に出すな。


 聞きたくないと抗う気持ちを押さえて笑いかける。

 彼女は困っているような、言いにくそうな顔をしている。

 これはこちらから切り出してやるしかない。


「……分かってる、大丈夫だ。俺の事は気にするな」

「……えっ……」

「ほら、行くぞ。あいつは嬉し泣きでもしてるのか?最後までどうしようもない奴だ」


 どうしようもないのも、泣きたいのも自分のはずなのに。

 最後まで素直になんてなれない。


「嬉し泣き? ああ、まあ確かに留年しなかったのは奇跡だもんね。……じゃなくてっ! あのね、いや、なんていうか催促みたいであれなんだけど! いつ、こっこっこここ告白して貰えるのかなって! べ、べ、別にあたしから言ってもいいのかなあ!?」




 桃色どころか顔に血を塗りたくったのかと錯覚する程、甲斐の顔は赤一色だった。

 まじまじと顔を見られ、くしゃっと顔を歪めた甲斐は言葉に詰まっている。




 一体彼女は何を言わんとしているのか。

 

 まさか、そんな。

 

 自分はどこまで思い上がった人間なのだろう。

 この期に及んで、まだ期待してしまう。




「あー、うん! ごめんね、忘れてたよね! こ、今度はあたしから……その、言わせてね! て、照れるなあ! あ、あの、ナバロの、特別に、なりたいなあ~なんて! 思うんだけど! でも、あたしほらっ……いつ戻るか分かんない上に、これからシェアトと一緒の部隊だからっ……心配もかけるだろうけどっ! そ、それでも良かったら……その……」

「……俺は、夢を見ているのか? ……いや、夢でもいいな。お前が、俺を選んでくれたならそれ以上望む物など何もない」

「……ナバロ、あたし馬鹿だからはっきり言ってくれないと分かんないんだけど?」




 言葉など、もう必要ない。

 喜びで体が震えたのは初めてだ。




 見つめ合うこの距離がもどかしい。

 近付くと、甲斐は強く目を閉じた。



 触れる時に壊れてしまいそうだ、と思ったのは何故だろう。

 大切にしなければという本能なのか、それともこれが愛なのか。



 抱きしめると体に力を入れていたのが徐々に緩まって行くのを感じる。



 問題など無い。

 君がいて、俺がいて、それだけでいい。



 どんな事があろうと、守り通すだけだ。




 唇の熱が、体温が互いに伝わっていく。

 二人が別の体という事すらもどかしい。 




「……生まれて来た意味が分かったよ、俺はお前に会う為に生まれたんだ。おかしいと思うか?この俺が、こんな事を本気で思ってるんだ」

「……ナバロ、ナバロ。もっかい、ちゅーしよ」

「お前……、俺が他の男よりも理性的だと思って安心するなよ?今はもうフェダインの生徒じゃないんだ。良い子でいる必要は無いんだぞ?」



 そう言ってネクタイを緩めながら二度目のキスをしようとした時、若干開いたままだった食堂のドアからシェアトが歯ぎしりをしながら何度も親指を下に向けているのが目に入った。

 彼もまた、ギリギリの場所で理性と戦っているのだろう。



 ここでの続きを諦めて手を取って歩き出すと、突然の移動にはてなマークだらけのまま付いて来る甲斐がおかしくて、吹き出してしまった。



「お預けですか! そうですか! どこ行くの? ねえ、ナバロー」

「俺の彼女を、自慢しに。浮かれていて皆が待ってるのを忘れていた」

「カ・ノ・ジョ! 彼女だってー! 聞きました~?」

「そうだ、彼女だ。聞いたか? ああ、悪いが俺はこいつの彼氏なんだ。いいだろう?」




 誰に言っているのか分からないままビスタニアも甲斐のノリに合わせると、恋人は声を上げて笑った。

 良く晴れた青空と、寒さの中で確かに春は訪れている。




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