第三十八話 そんなに私が嫌いですか
「トマト……それ、あんた武器召喚……?」
ティナは腰が引けている。
おかっぱ頭のピンク系の化粧をしている少女は可愛らしい声でティナに耳打ちする。
「あれ、この前うちの組の授業で軽くやったやつ……! 一から自分で生み出すからかなり高度って……!」
誰より判断が早かったのはベリーショートの少女だった。
「な、何それ脅しのつもり!? 共にあるは昔・追憶の彼方・業火にて別れた!」
振り上げた拳に炎が巻き付き、フルラに向けられる。
姿勢を低くして右足を前に出し、身の丈よりも大きな鎌の刃を真っ直ぐにしてティナ達に向ける。
炎は渦巻きながらフルラに向かうも刃の周りに集中している光に絡め取られ、激しく燃え上がって消えた。
「うわ!?」
「熱っ! アデラ! 大丈夫!?」
熱風に驚き、かざした手を引いて顔を守るベリーショートの少女はアデラというらしく、下がっていたティナとおかっぱの少女も反射的に顔を腕で覆っている。
「ほ、炎も電気を通すんですよぅ……。でででも、ここで……その、炎系を使うと危ない……ですぅ」
フルラに注意をされ、更に馬鹿にされたような気がしたのかエミリアが怒り出した。
「んな武器出しといて偉そうに危ないだあ……!? いい!? あいつはあの武器じゃ何も出来ないんだから、見てくれに騙されないで! そうでしょ!? うちらを切り刻む!? んなことしたら退学じゃ済まないよ!」
「あっいやあぅ……そんなつもりじゃないんですぅ……」
「エミリア、ナイス! アデラ、一緒に行こ。三対一じゃこっちのが有利だし」
やはりある程度相手を見極める授業を受けているだけはある。
同じ月組のエミリアが言う通り、フルラは傷つけてやろうとして大鎌を召還したわけではない。
ただ、この三人が甲斐に危害を加えるのを阻止するには一つずつ魔法を使っていたのでは分が悪い。
それであればリーチがあり、間合いの取りやすく相手が怯むような仰々しい武器をと思い大鎌を選択したのだ。
このままこちらに突っ込んで来られては、万が一の事も起きかねない。
そもそも人に向かって魔法を使う事自体がフルラにとって初めてなのだ。
「覚悟しなさいよ、このトマト……!」
じりじりと距離を詰められるが、後ろに甲斐が倒れている為、フルラは下がることは出来ない。
いっそここから甲斐を抱えて逃げてしまおうかとも思ったが、時間がかかりすぎる。
思案している間に、ティナとアデラが警戒しながら刃のすぐ側まで来ている。
ティナは星組で戦闘には不向きだが、ある程度基礎的な魔法はどの組でも学ぶのでアデラのサポートや自分の身を守る分には十分だろう。
不安が顔に出ているフルラを見て、自信ありげに笑みを浮かべているエミリアも頭が切れるので、これも厄介だ。
そして、一瞬目配せをしたと思うとアデラとティナは左右から回り込んできた。
鎌を振る訳にもいかず、構えたまま視界を動かすと後ろにアデラが回り込み、フルラの両脇に腕を差し込み持ち上げた。
今いる中でも甲斐と同じ小柄な体格の為、簡単に足が地から離れてしまう。
「ふわわわっ」
「つーかまーえたーあ。なんだ、ホントにあんたってなんにも出来ないんだね」
驚いた拍子に大鎌を取り落としてしまい、片方の刃が床に刺さった状態で止まった。
ティナは自慢の髪の毛を指に巻き付けながらフルラの前に立って、にっこりと笑う。
「謝って?」
「……えっ……?」
「ちゃんと。私達ぃ、み~んな嫌な思いしたの。謝ってよ」
思わず合わせた目を反らしそうになる。
この敵意と悪意の詰まった瞳、そして勝ちを確信したこの笑顔。
甲斐が自分に向けてくれるあの笑顔とは大違いだ。
謝ってこの場が収まるならば簡単だ、一言謝ってしまおう。
今までのフルラなら、間違いなくそうしていただろう。
しかしアデラに抱えられ、自由を奪われている状態でも、不思議に思うほど一切そんな気は起きなかった。
むしろ心を占めている感情は、今まで感じたことが無いほどの怒り。
まるでこの状況が心底おかしいかのように笑う三人を見ていると吐き気がした。
しかし、抵抗しようにも前後を挟まれている。
いっそアデラかティナに魔法を当てようかと思うが、エミリアもいるので下手に動いて甲斐を危険に晒すのは避けたかった。
考えを巡らせる中で、背後で悲鳴が聞こえたかと思うと急に体が床へ落ちた。